ワインはどんどん安く、発泡酒はどんどん高くなる
【松尾】「飽食日本」などというのはもはや遠い過去の話で、僕はいまの社会に拡がってしまったのは本当の貧困の問題なのだと思っています。日本ではなぜか、経済の問題は戦争の問題と違って、人の命にかかわらないものだと思われているみたいなんですけど、本当は経済政策で人は死ぬんです。緊縮財政で医療費や社会保障が削られていけば、病気になってどんどん死んでいくし、栄養状態が悪ければ寿命も短くなる。また、失業による自殺という形でも死んでいきます。自殺率と失業率が相関関係にあるというのはよく言われる話ですが、実際に数字を比較してみればそれが本当だということは明らかです。
【北田】そうした状況において、古市憲寿さんみたいにデフレの象徴的存在・牛丼屋が日本型福祉であるとか、上野千鶴子さんみたいに「外食せずに家で鍋をつついて、100円レンタルのDVDを見て、ユニクロを着ていれば、十分に生きていけるし、幸せでしょう?」とか言うのは、残酷にすぎるんですね。毎日牛丼なんか食べていたら健康が損なわれますし、多くの場合はカップラーメンとかパンでしのいでいる。映画はもっと安く見る手段はあると思いますが(笑)、健康は深刻で、命にかかわる問題です。喫煙率が高いのは低所得層ですし、ビールや発泡酒もそうです。そういうところから税金を信じがたい率でもっていくことに、インテリはわりと冷淡です。
ミドルクラス以上の生活様式の中でそうしたものは、「二流の嗜好品」「不健康の象徴」となっていて、だからこそ、ワインはどんどん安く、発泡酒はどんどん高くなっていく。健康であり続けるということは、ある一定の生活様式を維持しうる所得と習慣があってはじめて成り立つものであり、それを低所得者の自己責任には帰しえない。
欧州では左派こそ「健全な成長」を訴えるのが普通
【ブレイディ】緊縮が人を殺すというのはまったくそのとおりです。だからこそ、欧州では左派こそ「健全な成長(Healthy Growth)」を訴えるのが普通なんですよ。ヘルシーは健康も意味しますよね。
英国では、保守党が緊縮財政をはじめた2010年から、実は平均寿命の伸びが横ばいになっています。一応、世界で一番リッチな国の一つだし、医療技術は進歩するわけですから、それまでは右肩上がりで伸びていたのに、2010年から恐ろしいことにパタッと止まっている。医療支出削減で国立病院も人員とインフラが不足して緊急救命室の待ち時間が史上最長になっているし、1日に120人程度の患者を廊下で手当てしているという病院もある。緊縮がはじまってから、「ヴィクトリア朝時代に戻ったようだ」とみんな言ってます。
そんな状態にはなっていても、保守党だって支持率は下げたくないから経済成長の必要性というのは訴えるわけなんですけど、緊縮をやりながら経済が成長するわけないじゃないですか。2017年の第1四半期にはG7中最低の経済成長率になっていました。その犠牲になっているのは、貧しい人びとです。