※本稿は、アダム・ガリンスキー、モーリス・シュヴァイツァー『競争と協調のレッスン コロンビア×ウォートン流 組織を生き抜く行動心理学』(TAC出版)の一部を再編集したものです。
「これほど頻繁に弟と比較されてはたまらない」
デイヴィッド・ミリバンドは、何年ものあいだイギリスの次期首相候補だと見られていた。ところが突然、状況は一変する。イギリスのリーダーになる夢が途絶えたと悟ると、彼は生まれ育った国に住むことにさえ耐えられなくなったのだ。
2000年代のはじめ、デイヴィッドは政治の世界で着々と権力の階段を上っていた。ゴードン・ブラウン首相のもとで外務大臣を務めたほか、数々の主要ポストを経験し、リーダーシップの頂点に就く足場固めをしていた。ブラウン首相が2010年に労働党の党首を辞任したとき、次の党首は当然デイヴィッドが引き継ぐものだと思われていた。実際、デイヴィッドは15人の国会議員の推薦を取りつけて、翌日には党首選への立候補を表明した。彼はまさに最有力候補だった。
しかし、2日後に、驚くべきことが起こった。実の弟のエド・ミリバンドが、党首選に立候補すると表明したのだ。
新しい党首に選ばれるには、過半数の票を獲得する必要がある。一人の候補者が過半数の票を獲得するまで、多い場合には4度の投票が行なわれる。一度目の投票では、デイヴィッドが37.78%の票を獲得し、弟のエドの34.33%を上回った。二度目の投票でも、デイヴィッドが、エドの37.47%を上回る38.89%の票を獲得した。三度目も42.72%を獲得したデイヴィッドが42.26%のエドをリードした。
ここまで三度ともデイヴィッドが僅差で弟をリードしていたが、その差は徐々に縮まっていった。そして最後となる四度目の投票では、ついにエドがデイヴィッドの49.35パーセントを上回る50.65パーセントの票を獲得し、勝者となったのだ。
ごくわずかの差で、エド・ミリバンドが、労働党の新しい党首に就任した。デイヴィッドは、その後2年間は議会に残ったが、2013年4月には「これほど頻繁に弟と比較されては、まともに仕事などできるわけがない」という言葉を残して母国を離れ、弟から遠く離れたニューヨークに住まいを移した。
社会的比較の3つの特性とは
どんな場合であれ、接戦に負けるというのはくやしいものだ。あと一歩で状況が変わっていたと考えると、後悔してもしきれないのはよくわかる。だが、相手が実の弟だった場合、接戦で敗れることがことさらくやしいのはなぜだろう。
この問いに答えるために、“社会的比較”の持つ力を探っていくことにしよう。社会的比較とは、自分の立ち位置を見定めるために、周囲と自分を比べる行為のことだ。
他者との比較は、状況によっては人をより効率的に協力させたり、より激しく競争させたり、さらにはデイヴィッド・ミリバンドのように完全にゲームから撤退させたりする。なぜそんなことが起こるかを知るためには、社会的比較が持ついくつかの特性を理解する必要がある。
第一の特性としてあげられるのは、他者との比較は避けられないということだ。我々は自分がどれぐらい幸せかを、周りを見て判断する。他人と自分とを比較する材料を集めるのはそのためだ。
第二の特性は、社会的比較には上向きと下向きの両方あるということだ。よりよい人生を手に入れるためには、自分に自信を持ちながらも、向上心を持つというちょうどいいバランスを見つける必要がある。