「エコ」という言葉を当たり前のように口にし、テレビや新聞でも取り上げない日はないくらい、私たちの生活に「環境問題に対する意識」は浸透するようになった。
砂漠化、森林の減少、酸性雨、資源の枯渇、そして今、一番話題になっている温暖化といった気候変動。何かしなければならないというのは万人にとって共通の思いであることは否定されまい。しかし、何を、どこから始めればいいのか。「環境問題」を前にすると、多くの人は自分の無力さを嘆き「どうせ私ひとりが頑張っても」と匙を投げてしまいがちだ。
あきらめたからといって問題がなくなるわけではない。むしろ先送りすればするほど解決するのが困難になることを示しているのが『地球のなおし方』だ。すでに限界を超えつつある地球の未来について、シミュレーションを通じて考える機会を与えてくれている。今後何も対策をしなければ、いつ頃どうなるのか。「省資源の技術が導入されたら」「子供を2人に制限したら」など、様々な仮定をもとに、どんな未来が待ち受けているかを具体的に示してくれる。
問題が深刻だといわれてもなかなか自分のこととしてとらえられないのは、このように身近な事例が十分知られていないからかもしれない。『ハチドリのひとしずく いま、私にできること』は、家族で環境問題を考えるのにぴったりの1冊。大きな山火事を、くちばしで運べる一滴の水で消火しようとするハチドリの物語は南アメリカに残された先住民の言い伝え。森の動物に笑われても、「できることをしているだけ」と毅然と答える小鳥の姿に「自分がしたってどうせ」という言い訳が利かないことに気づかされる。
自らが被害者にも加害者にもなりうる「環境問題」というものを前にしたとき、私たちは、「価値観」についての考察を迫られる。人は弱い生き物であり、自分にとって楽なほうに流されやすい。が、はたしてそれでいいのか。自分のエゴを追求しようとすると、そのしっぺ返しは必ずどこかに生じる。
環境問題で傷つくのは地球ではなく人間そのものだ。そもそも人間は地球なしには存在できないことを再確認させてくれるのが、龍村仁氏の描く「地球交響曲」の世界だ。「地球の中の私、私の中の地球」をテーマに、様々な活動をしている人へのインタビューをまとめたドキュメンタリーは、すでに第六番までが映画として発表されている。
その中の第三番、カメラマンの星野道夫氏を取り上げた『地球交響曲第三番 魂の旅』はクランクイン直前に出演者を失いつつも、主役不在で映画を撮り続けた監督のエッセイである。映画の裏話を書くわけではない。永遠に失われた星野氏の人柄を浮かび上がらせることで、自然とともに、自然に対して謙虚に生きることの素晴らしさを素直に感じさせる1冊だ。
何万年という人間の営みから生じた環境問題。これを解決するのも放置するのも私たちに任された今、自分が何をすべきか、一度立ち止まって考えてみてほしい。