共産党の候補者擁立断念の決断を評価したい

【塩田】党名の立憲民主党は枝野さんが決めたのですか。

【福山】「党名は」と言ったら、枝野さんが明確に「立憲民主党で」と。2日の午前中にロゴマークが上がってきた。夕方5時から枝野さんが一人で記者会見した。非常に能力の高い人だから、自分で組み立てて、一人の会見を2回やった。

候補者の選定、公認作業、政策の立案、役員人事などが待ち受けていましたが、衆議院議員はみんな選挙区に戻らなければならないので、党務や選挙の準備ができない。10月4日の夜に、枝野さんは私に「前原さんとの関係もあるので、離党してうちに来てくれとは、僕の口からは言えない」と言う。私は「それだけで十分です。どうせ私は希望にはいかないので、もう離党します。お世話になります」と言って5日に離党届を出しました。

【塩田】総選挙では、立憲民主党は社民党や共産党とはどういう関係だったのですか。

【福山】市民連合の要望を、社民党、民進党、自由党、共産党とともに受けた形です。

その中で、共産党が16年の参院選と同様に、候補者を降ろすと判断した。一方で、共産党は希望の党の候補が出た選挙区でも候補を降ろした。全部が全部、立憲民主党とだけというわけではありません。希望の党は、自分のところで共産党が擁立しなかったとは言わないけど、安倍政権に対峙するために野党は一本化したほうがいいという流れの中で、共産党が擁立を断念した。これは非常に大きな判断で、私は評価したいと思います。

ですが、共産党が候補を立てた選挙区で、立憲民主党とぶつかったところも20あります。東京の僅差で負けた選挙区など、共産党の候補がいたから議席が取れなかったところがいくつもある。そこは選挙区ごとの判断だったと思います。

われわれは両院議員総会まで民進党にいた人たちの選挙区には候補者は立てなかった。小選挙区で立憲民主党と希望の党は、もともとのチャーターメンバーか、うちとは関係ない人が出たところではぶつかりましたが、それ以外はぶつかっていない。

候補者の数は希望の党の候補が235人、立憲民主党は78人で、圧倒的に自民党と希望の党と共産党が戦うという構造の小選挙区が多かった。結果から見ると、希望の党があまりにも及ばなかった。これが自民党大勝の原因です。