「できる子」は次の目標を自ら高くしていく
青学が33年ぶりに予選会を突破し、箱根駅伝の本選に出場したのは2009年。美穂さんの寮母就任から5年後のことだった。本選での結果は総合22位と奮わなかったが、原監督も寮母の美穂さんも、そして当時の4年生も、予選を突破し箱根駅伝に出場する、という目標の達成に満足感を抱いていたそうだ。
ところが、その本選直後のこと。
「わたしはまだ、ついに箱根駅伝を走らせることができた喜びに浸っていて、翌年のことまでは考えていませんでした。ところが3年生は、自分たちの目標を自発的に設けようとしていたのです。その目標とは『来年も箱根駅伝に出る』ではなく『今度はシード権を獲る』、つまり、総合10位までに入ることだったのです」
結果を先に書いてしまうと、青学は翌年の予選会も突破し、本選では大躍進して総合8位入賞を果たし、念願のシード権を獲得したのだ。もしも、監督や寮母が先回りして「次の目標はこれだ」と学生に与えてしまっていたら、はたして、同じ結果が得られていただろうか。
20歳前後の若者でも、「自分たちは何をすべきか」を探り当てることはできる。
マネジメントをする立場の人間にとって大切なのは、若手が自発的に掲げた目標に素早く気づき、それを達成に向けてサポートしていく「支える力」だ。
好きな人とだけつき合わせないようにする
2018年、青学は箱根駅伝を「ハーモニー大作戦」で勝ち抜いた。前哨戦となる出雲駅伝、全日本大学駅伝で優勝を逃したことを受けて原監督が掲げたその作戦名は、全体の調和を重視して名付けられたものだった。
美穂さんも、チームとしての力にこう言及している。
「青山学院大学はなぜ駅伝に強いのか、と聞かれることがあります。個人のタイムを積み重ねてみると他校と同程度なのに、駅伝となると大差がつくことをその人は疑問に思っているようでした。私はその理由を『団結力』だと思っています」
その素地は、町田寮で育まれてきた。寮での食事は、全員が食堂に揃ってとるのがルールになっている。どこに誰が座るかは予め決めておき、月に一度、シャッフルするのだという。その狙いは、広い人間関係を築きコミュニケーション力を養うことだ。
「ここが教室なら、たくさんいる学生の中から親友を見つけるため、気のあう人と深く仲良くなれば、それでもいいのかもしれません。しかしここは陸上競技部の寮です。しかも、本来は『個人競技である陸上』を、『駅伝というチームで戦う』ことを選んだ子の集まった場所です。チームの結束力を高めるには、一部の人と深い関係を築くことより、すべての人との間から垣根を取り払い、広い関係をつくることが重要だと思います」
チーム内の仲の良さに濃淡があるなら、それは派閥があるということだ。派閥のあるチームは率いるのに骨が折れる。そのチームがアスリートの集まりであっても、ビジネスマンの集まりでも、同じことが言えるだろう。
また、職場では、その部署の成果として総合力が問われるだろうが、そもそも個人個人が能力を発揮しないとチームにも貢献できない。個人とチームの両方の力を同時に上げなければ成果がでないのは、駅伝も職場も同様ではないだろうか。