「命もいらず、名もいらず、金もいらぬ」といえるか!

西郷隆盛の人となりを最も鋭く評したのは坂本龍馬だ。「少しく叩けば少しく響き、大きく叩けば大きく響く。大馬鹿にあらざれば大智者なり」という言葉はよく知られている。「相手の力量に応じた対応をする」という意味だ。龍馬自身が大物だったからこそ、初対面で西郷の人となりを鋭く見抜けた。

『考証・西郷隆盛の正体』(城島明彦著・カンゼン刊)

一方、西郷も龍馬を「度量の大たるや到底測るべからず」と評した。西郷は、高尚な話を持ち出す相手には高尚な話で対し、俗っぽい話題を好む相手には俗っぽい話題で応じた。「難しいことをいっても理解できない相手に難しいことをいうな。素人相手に難解な専門用語を並べ立てて説明する技術者は失格」ということだ。ただし、どんな相手に対しても分け隔てなく接しないといけない。地位の高い人間は、下位の相手に対して、ややもすると横柄な態度で接しがちだが、西郷はそういうことはしなかった。どんな相手に対しても、西郷は誠意ある態度で接したと多くの者が証言している。

内村鑑三は、「完全な自己否定(「克己」と同義)が西郷の勇気の秘密であった」と論じ、その証拠として『南洲翁遺訓』に出てくる有名な次の言葉を挙げている。

「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るもの也。この始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」

官位を「地位」に、国家を「会社」に変えると、ビジネスマンの心得となる。現代の「命もいらず、名もいらず、金もいらず」は、そういう気構えを持てという意味に解釈すべきだろう。

城島明彦(じょうじま・あきひこ)
作家・ジャーナリスト
1946年、三重県生まれ。早稲田大学政経学部卒。東宝、ソニー勤務を経て、短編小説「けさらんぱさらん」で文藝春秋の「オール讀物新人賞」、作家となる。著書は『「世界の大富豪」成功の法則』『宮本武蔵「五輪書」』『吉田松陰「留魂録」』『広報がダメだから社長が謝罪会見をする』『ソニーを踏み台にした男たち』『恐怖がたり42夜』など多数。近著に『考証・西郷隆盛の正体』『中江藤樹「翁問答」』がある。
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