【藤本】社内の政治力学も理解しなければいけません。年次、横並びで昇進、昇格する人事制度では育ちにくいでしょう。経営陣が見込んで選抜した少数の人材に修羅場を経験させる。一人で途上国の拠点をつくってこい、新事業の海外販路を自力で開拓せよ、といった厳しい課題を与え、克服するという経験を繰り返させて、最後は会社全体の難事業をまかせる、という「ファストトラック」で育てる必要があるでしょう。30歳で課長、40歳で役員、場合によっては50歳前に社長にするというイメージです。

「ファストトラック型」の学生を育てよ

【藤本】一方、東京大学大学院でも2017年度から「社内イノベーター・コース」を開講しました。グローバル企業で社内イノベーターを指向するタイプの学生に対し、基本的な教育をするのが目的です。そのカリキュラムは、3つの「上空の能力」と3つの「地上の能力」に分け、大きく6分野で若手に力をつけさせる教育プログラムを、東京大学マネジメント専攻修士課程の教育の一環として始めています。すなわち、技術リテラシー、知財・標準化・アーキテクチャ戦略、会計・ファイナンス知識、組織ポリティクス、ものづくり現場の組織能力論、ICTリテラシーを教育します。大企業が従来大学に求めてきた「無難で優秀な学部卒業生」に加えて、それとは別のタイプの「ファストトラック型」の学生を育てるルートがあってもいいのではないでしょうか。

【安井】さらなる現場の能力構築と経営人材の育成が急務ですね。

【藤本】この20数年、「慎重なものづくり楽観論」を繰り返しお話しているうちに、「良い現場」はポスト冷戦期の苦闘の時代に比べれば悪材料が減っており、国内優良現場は、徐々にではありますが確実に浮上しています。そうした認識のもとに、製造業でも非製造業でも「良い現場」が増え、さらに強い現場と強い本社の連携が成り立てば、今より明るい日本経済を手にする可能性は決して少なくないと考えています。

藤本 隆宏(ふじもと・たかひろ)
東京大学大学院経済学研究科教授。1955年生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了(D.B.A)。現在、東京大学大学院経済学研究科教授、東京大学ものづくり経営研究センター長。専攻は、技術管理論・生産管理論。著書に『現場から見上げる企業戦略論』(角川新書)などがある。
安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、フリー記者、元朝日新聞編集委員。1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立、フリー記者に。日本記者クラブ企画委員。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。
(写真=ロイター/アフロ)
【関連記事】
製造現場力の低下と"不正発覚"は関係ない
"日本で製造業は成り立たない"というウソ
"EV普及で自動車産業崩壊"は根拠がない
「ソニーの復活」を真に受けていいのか
グーグルの真似をする「大企業」は危ない