進めるべきは「現場指向のグローバル戦略」

【安井】これまで「本社」は急激な円高などでは、工場の海外シフトを加速させ、国内の「良い現場」まで閉鎖するような判断ミスを犯しましたが、今後、そのような戦略ミスを減らすにはどうしたらいいのでしょうか。

東京大学大学院の藤本隆宏教授(左)と安井孝之氏(右)

【藤本】常々私は日本の「本社」が進めるべきは「現場指向のグローバル戦略」だと主張しています。単純な海外移転でも国内回帰でもなく、国内拠点・海外拠点の同時強化を進める、長期全体最適のグローバル戦略です。本社には現場と世界市場を長期視点でみる能力が問われます。つまり「強い現場」、例えば新興国工場を指導しながら自分も現役工場として競争力を破棄する「戦うマザー工場」と、そうした強い現場のネットワークを活用しきる「強い本社」が連携しなければならないのですが、そのためには、現場と本社の双方が、人材育成、つまり「ひとづくり」を強化しなければなりません。

【安井】どのように人材を育成すればいいのでしょうか。

【藤本】たとえば私のいる大学に関して言えば、現場の能力構築については2005年から東京大学ものづくり経営研究センター(MMRC)が「ものづくりインストラクター養成スクール」を開講し、毎年、企業や自治体から派遣される10人前後の現役、シニアの現場技術者に対し、現場改善の手法を座学と実習で教え、それぞれの現場で指導者として活躍できる人材を養成しています。その数は13年で約150人に達しました。また、この「東大スクール」と連携した全国14地域の「地域スクール」、さらには、私が代表理事を務める「ものづくり改善ネットワーク」が開く個人参加の「ものづくりシニア塾」でも、現場の指導員を育てています。

50歳前に社長にするというイメージを

【安井】現場の愚直な能力構築に必要な人材育成とともに、「強い本社」をつくるにはどうすればいいのでしょうか。

【藤本】日本ではイチから事業を起こす起業家が少ないことも課題ですが、大企業の中で新しい事業を創り出す「社内イノベーター」が少ないことも問題です。ここでは「強い本社」になるために必要な社内イノベーターづくりについてお話します。社内イノベーターに必要なのは、ある種の「プロデューサー」機能です。社内外にある既存の経営資源を活用し、その組み合わせで新たな価値をつくっていくリーダーです。その資質としては、すでにあるものの潜在価値を見極める鑑識眼、社内外の遠隔なものも結びつける広域ネットワーク力、これまでにない結合で新しい価値が生まれることに気づく想像力などです。

【安井】社内の単なる専門家では務まらないし、ネットワークがあっても技術の中身や現場を知っていないと務まりませんね。なかなか高度な能力を持った人材でないといけませんね。