日銀は、円安による輸入製品の仕入価格の上昇、マクロ的な需給ギャップの改善を受けて、賃金の改善も促され、2019年度には、デフレ脱却が実現するとのシナリオを維持している。しかし、需給ギャップの改善は、すでに進んでいる。にもかかわらず、2017年度には実現しなかった企業の価格設定行動の変化が、2019年度にかけて実現し、急速に「適合的な期待形成」が解消され、デフレ脱却がなぜ実現するのか。この点を黒田日銀は明確に説明できていない。

日銀のETF購入で日経平均株価は死んだ

金融関係者の中には「企業はIT化やビッグデータの活用などで、在庫管理等の手法が格段に改善、実際には、大幅に需要が改善しても、現在の人員や設備で対応できると考えているのではないか。企業は、みかけ以上に供給余力がある可能性がある」との指摘もある。

技術革新の結果、企業は、これまで違うレベルで供給体制を維持することが可能になり、労働需給や、設備投資のサイクルがグローバルな規模で変化しつつあるのではないかとの分析だ。一足先に、緩和の出口に進んだ米国も、消費者物価の上昇率は1%台後半で、決して高水準で推移しているわけではない。

黒田は31日の記者会見で「(賃上げに向けて)労使の前向きな取り組みを強く期待している」と指摘、首相の安倍も10月26日の経済財政諮問会議で3%の賃上げを求めており、好調な企業業績を背景に、政府と日銀がデフレ脱却に向け産業界に賃上げを求めた格好だ。

しかし、企業の供給力の変化を前提にすると、こうした「官製賃上げ要請」が、想定通りに経営者を動かせるのかどうかには、疑問が残る。

一方、日銀が緩和の手段の一つとして導入しているETFの購入については、株高が進む中で、必要性に疑問符が付き始めている。日銀が日経225(225銘柄で構成された日経平均株価のこと)をベースに組成されたETFを軸に年6兆円規模の購入を進めため、日経225を構成している銘柄の株価が、他の銘柄と比べて顕著に上昇するひずみも生まれ、市場関係者の間で「日経225が日本株のトレンドを示す指標性を失っている」との声も出ていた。

黒田は31日の記者会見でETFの購入について、リスクプレミアムの縮減という目的を説明した上で、「現時点では市場の時価総額の3%程度の保有で大きなリスクがあるとは考えていない」と指摘、購入を継続する姿勢を示した。

日銀が年6兆円の購入方針を維持することで、年末までに、追加で1兆円のETFの購入が進むことになる。ただ、6兆円には「約」という言葉が付与されており、一定の幅があり、実際の購入規模は、変化するかもしれない。さらに近いタイミングで、購入のスピードを落とす政策変更を実施する可能性もある。

例えば、年6兆円の規模の購入を維持すると表明しつつ、5年~10年間で実施するなど購入時期に幅を持たせて、買い入れを柔軟に実施する政策変更を導入する可能性も出てくるだろう。

米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)はすでに量的緩和の出口に向けて動き出している。これは、日銀が、現状の金融政策を維持しているだけで、為替相場が円安に振れやすい状況であることを意味している。さらに日本の企業業績は大幅に改善している。黒田日銀にとっては、極めて居心地の良い経済状況だろう。