会社を引き継ぐ子どもがいないオーナー経営者は、事業を畳むか否かの選択を迫られる。だが事業を畳めば従業員の雇用は守れない。雇用を守りながら、事業承継を図る方法はないのか。そこで“会社を売る”という選択肢が注目されている。事業承継と会社の成長は相反するものではない。M&Aのプロで、日本M&Aセンター上席執行役員の竹内直樹氏が、これからの中小企業の生存戦略を解説する――(全4回)。
日本におけるM&Aの潮流とは?
ここで売り手から見たM&Aの歴史を振り返ってみましょう。
1990年代初頭は、日本ではM&Aという言葉はまだあまり一般的ではなく、M&Aと聞くだけで眉をひそめる経営者が少なくありませんでした。実際はM&Aで買う側、売る側ともウィン・ウィンの関係を築くことができるのですが、そのことがほとんど認知されていない時代でした。
日本M&Aセンターが設立されたのは、バブル崩壊が始まった1991年です。設立以来、当社が会社事務所や銀行などを通じてM&Aの有用性を働きかけてきた十数年間がM&Aの啓蒙期だったとすると、2007年以降はM&Aの浸透期といえます(図)。
2007年は、団塊の世代が退職年齢(60歳)を迎え始めた年でした。日本のものづくりを支えてきた団塊の世代が一斉にリタイアすると、現場の技術やノウハウが継承されずに断絶するおそれがあります。この問題は「2007年問題」と呼ばれ、とくにメーカーでは重要な経営課題の一つになっていました。
同じ問題は、経営者側にも起きていました。オーナー経営者に定年はありませんが、60代になってリタイアが視野に入るようになり、事業承継問題が浮上してきたのです。
会社を引き継ぐ子どもがいないオーナー経営者は、事業を畳むか否かの選択を迫られます。
事業を継続する場合は、会社の株を引き受けられる資金力のある人を後継者に選ばなくてはなりません。社員のなかから後継者を選びたいところですが、一社員に株を買い取る資金力はないケースがほとんどです。
そこで注目されたのがM&Aでした。