【大室】「丸の内」的な、役職や立場によって人との距離感や間合いのとり方にグラデーションが生まれるという事態は、形式の成立という意味である種の文化的成熟とも言えるかもしれません。でも歴史的に見ると、文化が成熟すると経済は停滞するという現象は結構起きがちです。
19世紀文化経済の中心はヨーロッパでしたが、20世紀初頭には経済の覇権はアメリカに移りつつありました。その頃のニューヨークで摩天楼が建ちまくることを良識派の欧州知識人は「無秩序」と眉をひそめていた。ちょうど現在の日本人が少し前の上海の高層ビル建設ラッシュに経済的な勢いを感じる一方で、どこか野蛮さを感じてしまう感じに近いかもしれません。
そんなニューヨークも現在では文化的にも洗練された街になっています。その一方で、経済的覇権はシリコンバレーに移動しつつある。ウォール街で仕立ての良いスーツと革靴とサスペンダーで仕事をしているWASP(White Anglo-Saxon Protestantの略。白人エリート層の保守派を指す)を横目に、シリコンバレーみたいに何もない砂漠で「もう革靴なんかいらなくない?」って人種を問わず好き勝手にやっている人たちのほうに、経済的発展が生まれる。ただ、そこが発展してくると、やがてまたその中で様式美みたいなものが生まれて文化的に成熟してくるのかもしれません。
結局「ネクタイしてる人」に安心してしまう
【朝倉】シリコンバレーも、もはやファッション含めて様式美化していますからね。ボタンダウンシャツにパタゴニアのフリースのベスト、リーバイスのジーンズ、足元はニューバランスで、アップルのノートパソコンを小脇に抱えてブルーボトルコーヒー、っていう。
服装の話でいうと、以前に一度、ある“ザ・エスタブリッシュメント”な会社の方が、若いIT系の企業と何かできないかということで、いろんなところを回っていた時期があったんですよ。ミクシィにもいらしたんだけど、あとになって「朝倉さんが一番好感度が高かった」と言われたんです。その理由が「スーツを着てネクタイを締めていたから」。ほかの会社の人たちは短パンにビーチサンダルみたいな服装で現れるから、びっくりした、と。新しい企業文化を取り入れて会社をなんとかしなくては、と思って若い企業を回っていたはずなのに、「この人は言葉が通じそう」と思う相手に親近感を覚えてしまうわけですね。
【大室】それこそ堀江貴文さんは、10年以上前に「そういう決め事は砂上の楼閣だ。意味はない!」というのを、Tシャツ1枚で出ていって身をもって示したわけですよね。朝倉さんは、ノーネクタイ+ジャケットくらいの微妙な立ち位置で、少しずつ陣地を変えていくっていうタイプですかね。
【朝倉】正論をストレートに発信しても、「自分たちとは違う人種だ」と思われた瞬間、受け入れられづらくなってしまうのが現実ですからね。だからそういう正論を、ジャケット+Tシャツくらいの塩梅で、とても丁寧な言い方で伝えていくのが今のところの最適解なんでしょうね。
朝倉 祐介(あさくら・ゆうすけ)
シニフィアン株式会社共同代表、政策研究大学院大学客員研究員
1982年生まれ。兵庫県西宮市出身。東京大学法学部卒。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て現職。著書に『論語と算盤と私 これからの経営と悔いを残さない個人の生き方について』(ダイヤモンド社)。
医師、医療法人社団同友会産業医室産業医
1978年生まれ。産業医科大学医学部医学科卒。臨床研修修了後、産業医科大学産業医実務研修センター、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医を経て現職。国内大手企業、外資系企業、ベンチャー企業、独立行政法人など、多岐にわたる企業で産業医を務める。著書に『産業医が見る過労自殺企業の内側』(集英社新書)。