北方の蝦夷は概ね松前藩を通じて間接支配(19世紀に入ると北方防衛の必要性から直轄の方針へと転換した)し、異民族としてのアイヌの風俗が江戸にもたらされた。琉球は薩摩を通じて間接支配し、琉球の装束を着た慶賀使が将軍の交代ごとに江戸に上った。

朝鮮に対しては有名な「朝鮮通信使」の来日が知られるが、事実上は李氏朝鮮を一等下に見た冊封体制の構築である。徳川幕藩体制は、このようにして周辺の小国や異民族を従えていることを喧伝することで、徳川を中心とした華夷秩序を形成し、幕府の「御武威・御威光」をひけらかしていたのだ。

日本にもあった「華夷秩序」(図は著者作成)

水準は推して知るべし

本書の著書、ケント・ギルバートは「儒教=反日」という自ら作った方程式の欠陥を自覚しているようだ。なぜなら日本も江戸時代、朱子学によって儒教の影響を受けているはずではないか、と指摘されれば、この方程式は破綻するからである。

よって著者は、「日本だけは大陸や半島の儒教の悪い部分(呪い)を受け継がなかった」と無根拠に抗弁しているが、そもそも近世日本にも、儒教的上下秩序、儒教的世界価値観を基にした「華夷秩序」が形成されていたのは、日本史学の常識である。30年前の歴史教科書しか知らない人間に対しては通用しても、少しでも史学をかじった人間になら一笑に付される水準である。

何せ本書の理屈(のようなもの)の核が、「儒教国家=上下関係、歪んだ華夷秩序」なのだが、実際にはそれは大陸・半島に固有のものではなく、近世日本でも確固として存在していたものだ。この時点でもうまともな読者から相手にはされないだろう。

大陸・半島と日本が、東アジアの儒教国家として共通しながら、なぜ違う国民性を持つに至ったのか。そうした点をサミュエル・ハンチントンの古典的名著『文明の衝突』あたりに求めるのかと思いきや、そのような引用も一切ない。まだしもかつて小林よしのりが、大陸と日本の文化形成の違いを「王権と庶民の間にある中間支配層の有無」に求めたことのほうが、歴史小話の出来としては上等であろう。

そもそも“ネット右翼ユーチューバー”の発言であるのに、それを神戸大学の梶谷懐(かじたに・かい)教授の発言であると誤記して、自著『やっと自虐史観のアホらしさに気づいた日本人』(PHP研究所)に掲載。のちに梶谷教授自身に抗議されるとこれを撤回し、版元が正式に謝罪・内容訂正する騒動に発展した経緯を持つ著者なのだから、本書の水準も推して知るべしなのは道理というところであろう。