老いた両親は「長女への遺産分割」が頭になかった
私の作成するシミュレーションは、ご夫婦(両親)とひきこもりのお子さんの貯蓄を一体のものとして考えています。ひきこもりのお子さんの多くは両親と同居しており、生活費が両親と一緒になっているからです。すると、両親が亡くなり、他の兄弟姉妹が相続する分は“支出”として、「親+ひきこもりのお子さん」の貯蓄から差し引きます。
法定相続分は、民法で定めた相続割合です。遺族の間で合意すれば、必ずしもこの割合に従う必要はありませんが、原則としてこの割合を考慮しておくのがよいでしょう。亡くなった人に配偶者がいる場合は、配偶者が1/2、残りを子どもが均等に分けます。配偶者がいない場合は子どもが均等に分けることになっています。
そこまで説明すると、ご夫婦がどちらからともなく、こうつぶやきました。
「娘は家庭を持って生活できているし、嫁に行ったのだから……」
長女は、短大卒業後に就職。まもなく結婚し、現在は実家を出て隣町に住んでいます。すでに子どももおり、生活は安定しています。兄が働けないこともあり、あまり両親に負担を掛けないしっかり者です。それだけにご夫婦は安心して、長男ばかりに関心が向いているようでした。相続についても、収入のない長男が受け取るものと、漠然と考えていました。いや、遺産分割については考えていなかった、と言ったほうが正しいかもしれません。
「全財産を長男に渡す」ことを長女は許すのか?
「確かに、娘さんさえ納得されれば、全財産を息子さんが相続することもできます。しかし、どうでしょう? 娘さんはそこまで譲歩するでしょうか?」
お子さんがひきこもりとなっているご家庭で、そのお子さんが「ひとりっ子」なら相続の問題はそれほど心配ありません。一方、兄弟姉妹がいる場合、ひきこもりではないお子さんに配慮しておかなければ、トラブルが起きる恐れがあります。遺言書で相続する財産を指定しておくこともできますが、一方に偏った相続割合だと兄弟姉妹の間に亀裂を残すことになりかねません。
筆者:「息子さんと娘さんの関係は良好でしょうか?」
父親:「うーん、仲が良いとは言えないかもしれませんね」
母親:「うん、お兄ちゃんのことで、あの子(長女)もいろいろと不満は持っているはずよ」
父親:「こちらにもあまり帰ってこないしね」
母親:「お兄ちゃんがいるから子ども(孫)をつれてこれないのよ」
もし、長女がそうした複雑な気持ちを抱えているとすれば、相続を迎えたとき、積年の不満が噴き出してしまうかもしれません。