櫛田入りとは、櫛田神社に山を担いで入るスピードを競う行事のことだ。選ばれる山の舁(か)き手は、26人(流によっては28人)の精鋭である。流によって選抜方法は異なるが、身体能力だけで選ばれることはまずない。流や町内のためにどれだけ働いているか、日頃からの献身と信頼が問われる。岡崎が憧れる「カッコいいお兄ちゃん」たちは、見た目がカッコいいだけではなく、町内の先輩後輩から信頼されるリーダーでもあった。

山笠では男として憧れのロールモデルを見つけかけていた岡崎だが、中3の3月の卒業式前日、進路相談室にカンヅメにされた。そして女性担任から「卒業式には出させられん」と告げられる。担任は泣いていた。

眉毛をそり落とし、背中に刺繍の入った学ランと、“ツッパリ”の象徴だった太いボンタンで卒業式に出ようと企んでいた岡崎は、式を乱すとの判断で参加を許されなかった。

卒業式当日の夕方、岡崎は父親に付き添われて校長室に向かった。岡崎ひとりだけの卒業式が行われることになっていた。ところが、校長室には町内の山笠の怖い世話役たちがズラリと並んでいた。

「僕だけのために、こんなにたくさん大人が集まってくれ、校長先生は紋付袴を脱がずに待っていてくれたと思ったら、泣いてしまいました。それで、いつかこの町に恩返しをしたいって思ったんです」

3年後、高校を卒業した岡崎は、博多中3年時のあの女性担任に卒業証書を見せようと思い立つ。 高校でもいろんなことがあったが、なんとか卒業はできた。心配をかけた先生に報告したいと思った。

ところが、調べて訪ねた赴任先で、女性担任は意外なことを言った。

「知っとうよ。あんたが卒業したの」

担任が保護者にまぎれて高校の卒業式に来ていたことを、このとき岡崎は初めて知る。

失笑され、発奮して1位に

以前、西流は追い山のタイムが遅かった。岡崎が赤手拭に選ばれた大学1年のときのこと。岡崎の町内の総代(代表)が、流全体の総務(幹部)になり、会議で「今年はタイムを上げたい」と発言したところ、他の町内の幹部から失笑がもれた。「そんなのムリに決まっとうやろう」という意味だ。

この一件で、岡崎ら、町内の面々は逆に発奮する。

櫛田入りする山の舁き手の選抜方法は、それまでの抽選から、持ち場に適した体格と適性で舁き手が選ばれる方法に変わり、岡崎はその1人に選ばれる。その年、タイムは前年の37秒から33秒に上がった。そして一昨年、ついに1位になった。