ガリレオより1000年前に「自由落下」を考えていたピロポノス
歴史を変えるほどの理論も、ありふれた現象に対して「なぜだろう」と感じることから生まれています。その「なぜだろう」がときに何百年という年月をかけて説き明かされるのが物理のもう1つの醍醐味でもあります。本書にはファラデーの考えた力線をマックスウェルが方程式にした話が出てきますが、アインシュタインも相対性理論を編み出すときにエルンスト・マッハという人の書いたものをずいぶん参考にしたようです。おそらく本人同士は会ったこともないと思いますが。
わたしはとくに、本書の古代と中世の物理学者たちの話を面白く読みました。物理学は、既存の理論、つまり数式の応用範囲を広げてより普遍的な理論にしていくという学問でもあるので、過去の物理学者の業績については知っておかなくてはなりませんが、さすがに1000年前、2000年前までは授業ではやりません。
この本で初めて知ったこともありました。たとえば第10章に出てくるピロポノス。5世紀末から6世紀の人ですが、重い物体ほど速く落下するとしたアリストテレスの考え方を否定していた。自由落下といえば、ガリレオがピサの斜塔で行ったといわれる(本当に行ったわけではないそうですが)実験が有名ですが、その1000年も前に同じことを考えていた人がいたのですね。視力の工学的仕組みを考えたイスラム人のアルハゼンについても知りませんでした。
紀元前3世紀にも「誤差」の概念があった
夏至の日に井戸の底まで太陽光が届くことを利用して地球の大きさを測ったエラトステネスの話は知っている人もいるでしょう。紀元前3世紀の人です。では彼がどう考えてどうやって測ったのか、何に苦労したのかということになると、たいていの人は知らないと思います。驚くのは、彼が測定結果が不正確であろうことも認識していて、その不正確さの程度を数値化しようとしていたということです。そう、「誤差」について考えていたのです。この時代に誤差の概念を持っていて、しかもその誤差が17%だったというのは大したものです。宇宙の膨張がどのくらいの速さなのかもつい10年前くらいまでは誤差が50%もありました。技術的に測るのが難しいものはあるわけですが、それを誤差として認識しているということが大事なのです。ただ、誤差を縮めていくには測定の技術も発達していかなくてはならないし、解釈する理論も深化していかなくてはなりません。
物理学者が理論を考えるとき、突然新しいものを思いつくのではなく、いままで見たものを応用します。現象はいったん数学の言葉、すなわち数式になり、その数式が別のものに応用されます。その過程で生まれるのがここで紹介されているような絵です。絵として表現することで、その背後にある数式や概念が説明しやすくなる。そしてすべての絵が数式になるのが物理学なのです。
※本記事はドン・S・レモンズ著『物理2600年の歴史を変えた51のスケッチ』(プレジデント社)に収録している村山斉さんの解説文の転載です。
カリフォルニア大学バークレー校教授、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携機構 初代機構長。1964年生まれ。1991年東京大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士号を取得。カリフォルニア大学バークレー校教授を経て帰国。主な研究分野は超対称性理論、ニュートリノなど。素粒子理論におけるリーダーの一人。著書に『宇宙は何でできているのか』(幻冬舎)などがある。