日本が直面するさまざまな難問を、どう解決すればいいのか。経済学者や政治学者の議論だけでは限界がある。玉川大学の岡本裕一朗教授は「哲学という切り口も役立つはずだ」という。たとえば難問のひとつは「格差拡大」。世界の哲学者たちは、格差の是正より「貧困の救済」を訴えているという。なぜなのだろうか。4つの難問を哲学で考察していこう――。

1. 大失業時代

プロ棋士を倒すソフトが出現し、車の自動運転が実現するなど、進歩する人工知能。コンピュータは単純計算といった人間の仕事を代用してきたが、やがて医者や弁護士のような知的労働にも進出し、失業者が増えていく可能性は高い。アメリカの全雇用の47%が高いリスクにさらされ、10~20年のうちに自動化されるという予測もある。

「テクノロジーが急速に変化し、人間の生活が後戻りできないほど変わる未来を、人工知能の権威レイ・カーツワイルは、『技術的特異点』と名づけ、その時を2045年に特定しました。ホーキング博士も、もし自らを改造できる自律型の人工知能が誕生したら、人間は追い越されるだろうと予測しています」(岡本教授)

自律型の人工知能について考える際、ヒントになる概念が「啓蒙の弁証法」だ。「啓蒙」とは無知な迷信に惑わされず、物事を合理的に理解する理性のこと。本来は人間を解放する有益なもので、近代科学や資本主義などを生み出した。しかしやがてナチズムのような「反-啓蒙」に転化。人間を支配する道具として力を持つようになった。

「外部から違う社会原理が支配しようとするときはすぐ気がつくのに、内部で育てあげてきた原理には足をすくわれやすい。人工知能も同じです。もともとは人間を助けてくれるよきものだったはずが、いつしか人間そのものを支配する可能性があるのです」(岡本さん)

2. 監視される社会

マイナンバー制の導入によって、監視社会を意識した人は多いだろう。1970年代、哲学者ミシェル・フーコーは、監視社会のモデルとして、「パノプティコン」という概念を提唱した。パノプティコンとは、囚人から見えない場所にいる看守が、大勢の囚人を一望する刑務所。同じように近代社会も、多くの人々が少数者から「監視されている」と受け止めるようになっていると論じた。

さらにデジタル化をふまえて、メディア学者マーク・ポスターは、「スーパー・パノプティコン」という概念を唱えている。

「電子マネーやカーナビなど、断片的な履歴の情報を蓄積していくと、その人の行動や素性が見えてきます。監視されているのに無意識なこと、監視が自動的に行われることが『スーパー・パノプティコン』の特徴。興味深いのは、マンションの監視カメラや子どもが持つケータイなど、生活の自由や安全を保証してくれるシステムが、監視を可能にしていることでしょう」

さらに社会学者トマス・マシーセンは、「シノプティコン」の概念を説く。これまでのように少数者が多数者を監視するだけでなく、マスメディアしかり、多数者が少数者を見物する「見世物」の側面も強まったという考えだ。

そのほか、生産者に訓練を施して規律通りに動いてもらう「規律社会」から、消費者に欲求のまま行動してもらい、その情報をもとにコントロールしていく「管理社会」に移行しているという議論もある。今後、監視や管理が強まる方向なのは間違いないようだ。