家内との出会いはオロナミンC

気働きといえば、つい最近、こういうことがありました。

三越伊勢丹では上得意のお客様をホテルにお呼びして新しい商品をご覧いただきながらもてなす会を年に2回開催しています。つい先日もありました。

そこでの私の役割はお客様へのご挨拶です。実はその日は朝から体調が悪く、昼近くになると全身の力が抜け、立っていられなくなってしまいました。そのような状態でも夜にはお客様との大切な懇親会があるので、帰るわけにもいきません。

まず病院に行き、5時間ほど点滴を打ってもらい、再びホテルに戻りました。次の私の役割は、夜6時から始まる懇親会での冒頭スピーチでした。

6時少し前、ふらふらになりながらも壇上で準備していると、旧知のホテルスタッフの女性がやってきて、おしぼりと一緒に、オロナミンCを手渡してくれたんです。それもほかの人に気づかれないようさり気なく。ありがたくそれを飲むと、体に力が入り、無事スピーチをこなすことができました。

その後も2時間ほど懇親会は続き、私もまだ会場にいました。その間、そのスタッフはずっと私を見守ってくれていました。

一度、めまいがひどくなり、会場の外へ出たら「お休みになれるお部屋をご用意します」と私の後を追ってくるんです。いいです、と断ったら、ホールの脇の目立たない場所に椅子を持ってきてくれ、臨時の休息場をつくってくれた。そこで少し休んだら回復して、会場に戻ることができました。

そのとき、ふと若い頃のことが頭をよぎりました。仕事中に高熱を発したものの、店頭に立たなければならなかったとき、ある女性社員がオロナミンCと風邪薬を、まさしくホテルの女性スタッフと同じようにさり気なく持ってきてくれた。それが今の家内です。そのオロナミンCに参ってしまい、私は結婚したようなものです(笑)。

習慣だから「おはようございます」「こんにちは」と言うだけではなく、そこに心への働きかけがあってもいいと建功寺の枡野俊明住職は説く。

私は株式会社の社長ですから、思いやりを発揮すべき「忠恕」の対象は、まずはお客様、そして株主、さらに従業員ということになります。そのための王道はおもてなしの質を高めることです。質が上がれば、多くのお客様が頻繁に訪れてくれて収益が上がり、株価も高くなるという理屈です。

現場力を上げる一番の近道はスタイリストのモチベーションをアップさせることです。そのために取り組んできたのが店舗の営業時間の短縮です。これまでの10時間もしくは9時間半営業を9時間にしたんです。すると、全員が「一直(いっちょく)(開店から閉店まで勤務すること)」で働けます。2016年4月からは伊勢丹新宿店と三越銀座店を除いたすべての店舗で実施することにしました。その結果、お客様がいつお見えになっても、馴染みのスタイリストが対応できるようになりました。

一方のスタイリストには限られた時間で最高のおもてなしをしようという心が生まれ、目の前の仕事以外の創造的なことを考える時間も生まれます。もちろん、家事や育児、趣味に役立てる人もいるでしょう。

営業時間を短くすれば売り上げは当然下がります。でも、それは一時的なことです。お客様に最高のおもてなしを提供できるよう、社員が働きやすい環境をつくること。その環境づくりに最も欠かせないのが「挨拶」の精神なのです。

(構成=荻野進介 撮影=市来朋久)
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