映像の美しさでも、予算の規模でも、ネットの動画配信サービスが映画を圧倒しつつある。映画業界の危機感は強い。カンヌ映画祭は来年から出品条件に「劇場公開」を追加し、ネット動画を締め出した。「映画」と「映画館」は、今後どうなるのか。ライター/リサーチャーの松谷創一郎氏が分析する。
動画配信大手のNetflixが製作した映画『Okja/オクジャ』の来日会見に出席したポン・ジュノ監督(右)と女優のアン・ソヒョンさん。カンヌ国際映画祭にも出品された同作は6月29日から全世界同時配信される(東京都港区のリッツ・カールトン東京、写真=時事通信フォト)

今年5月にフランスで開催された第70回カンヌ映画祭において、ある論争が生じた。

きっかけとなったのは、コンペティションにノミネートされた2つの作品──ポン・ジュノ監督の『Okja/オクジャ』と、ノア・バームバック監督の『ザ・マイヤーウィッツ・ストーリーズ(原題)』だ。この2作に共通するのは、動画配信サービス・Netflix(ネットフリックス)による製作であり、ともにフランス国内で劇場公開される予定がないことだ。つまり、ネットで公開される“映画”なのである。映画祭側は劇場公開を求めたが、ネットフリックスは拒否。結果、カンヌ映画祭は、来年から出品条件としてフランス国内での劇場公開を義務づけた。

この背景には、フランス独自の文化政策がある。劇場公開された映画は、ストリーミング配信まで36カ月の期間を空けることが法律によって定められている。テレビでも、自国のコンテンツを一定割合放映しなければならない規定がある。さらには、興行収入の10%強を制作者に還元する売上税も1948年から法制化している。これらは、ハリウッド映画や日本のアニメから自国の映像文化を守るための保護政策だ。

ネットフリックスに強く抗議したのは、この政策を主導するフランス国立映画センター(CNC)と映画館協会だった。CNCは、カンヌ映画祭の半分以上の予算を負担しており、来年からの制度改定も、理事会に参加するCNCや興行主の強い意向によるものだった。

韓国でも巻き起こった「反発」

こうした衝突の背景にあるのは、現行の映画興行とそれにともなう経済システムをいかに維持していくかという課題だ。より具体的に言えば、動画配信サービスで先行あるいは同時に映画を公開すると、映画興行(劇場)が成り立たなくなる、という反発が生じたのである。

カンヌ映画祭終了後、その衝突は韓国でも生じた。韓国の大手シネコンチェーンであるCGV、ロッテシネマ、メガボックスの3社は、『オクジャ』の劇場公開をボイコットした。これは、6月29日という劇場公開日が、ネットフリックスでの配信開始日と同時であることへの抗議だ。シネコン側は、劇場公開3週間後の配信を求めたが、ネットフリックスはその要求を呑まなかった。

最終的に全国79劇場103スクリーンで公開されることになったが、そのすべてが独立系の映画館だ。大ヒット作とそうでない作品との格差が大きい韓国では、大作は600スクリーン以上で公開することが一般的だ。『オクジャ』は、完全にハシゴを外された。

とは言え、それはネットフリックスにとって大きなダメージではない。そもそもネットで配信するためのオリジナルコンテンツだからだ。一方で、映画館側にとっては、手放しで喜べる決着などではない。観客には、近隣に公開館がなければ、ネットフリックスで観るという選択肢があるからだ。しかも映画館での観賞料金1回分程度で、ネットフリックスの大量のコンテンツが1カ月見放題。103スクリーンという小規模での公開は、こうした力学のなかで決まった結果以外のなにものでもない。

配信と同時に劇場公開したらネットフリックスに利することになり、劇場公開をボイコットしてもネットフリックスに利することとなる──映画館側にとっては、進むも戻るもいばらの道だ。