いかに気持ちよく断られるか――。そんな自虐的な望みに心を砕いた時期があった。
学生時代、私は公認会計士になる勉強をする学費を稼ぐため、教材セールスのアルバイトをしていた。具体的にいうと、一般家庭を訪問して、子ども向けの教材をセールスする仕事だ。上司の説明では、「たくさん回るほど売れる。200軒回れば、下手なセールスでも一件は契約がとれる」ということだった。
実際にインターホンを押しても、会ってもらえる確率は1割程度にすぎない。居留守を使われるのは日常茶飯事である。インターホン越しに「帰れ!(当時問題になっていた)豊田商事か」と、怒鳴られることも度々だった。
「これはなかなかシンドイ。何か方法を考える必要がある」
そう思いながらも、準備が整ったあとに行動するより、走りながら準備するのが好きな性質の私は、1週間、無我夢中で訪問を続け、相手とのやりとりを一部始終、ノートに記録していった。
居留守を使われた、塾に行っているから不要と言われた、怒鳴られた……などの文字で埋めつくされていく。「ムカつくなあ」と思っても、文字にしてみると、「自分から喧嘩を売っていたよな」「あの言葉がよくなかったのかもしれない」といった問題点が次第にわかってきた。
そして1週間後、プロの目から見て自分にセールスの才能があるのかないのかを聞いておきたいと思い、上司にノートを見せた。意外にも、その答えは「もうすぐ売れるよ」であった。
扉を開けてくれた家には、数枚にまとめた問題集を見せ、「15分、無料で家庭教師をしますよ」と持ちかける。受け入れてもらえれば、予定の倍の30分を目安に勉強を教える。その間に家庭事情も多少は把握できるし、無料でマンツーマンの奉仕をすれば何より相手が喜び、信頼関係が生まれる。「ご飯食べていきなさい」と言ってくれる家もあった。それもすべて、ノートに記録していく。
そんなささやかなことも、繰り返し起きることも、すべて記録し続けたのは、「200分の1」のプロセスを研究したかったからにほかならない。
先人が経験から導き出した200分の1という成約率から考えて、2つ、3つの事例では何も見えてこない。すべてを逐一記録することで、自分を客観視でき、明確に記憶することもできる。そして、何百という記録をまとめているうちに、「相手の顔色や声色で次に何を言えば効果的か、粘れば成約に近づけるか」といったことに直感が働くようになる。そこから導き出した成約数を上げるコツが、冒頭に掲げた「いかに気持ちよく断られるか」だったのだ。
話してみないと成約できるかどうかわからないので、とにかく数多くアタックすることは必要である。でも200分の1の確率なら、断られる相手には素早く見切りをつけたほうが合理的であり、相手も自分も不快な思いをしないので精神的に楽なはず。ダメならさっさとスルーして、「断られたのではなく、自分が199のグループに入れてやったのだ」と考え、心の主導権を持つ。そして200分の1を絶対に逃さず、確実に成約にこぎつける。それが秘訣だったのだ。
もちろんこれは、私なりのやり方である。その後、アルバイトを指導する側に回った私は、ノートに記録することも、気持ちよく断られる術も、教えなかった。プロセスはいろいろあっていい。それを見つけること、考えることが大切であり、人から教わっても身につくものではない。
苦労なく得た勝利は怖い。失敗してこそ学ぶことがあると考える私は、失敗しないとどうも落ち着かない。