トンネルを抜けると海が見えた。湾内には漁船が何艘か停泊している。ほどなくしてバスは奇跡の一本松駅に到着した。気仙沼駅までは電車で行けるが、そこから先の大船渡線はまだ不通のままで、代わりにBRT(バス高速輸送システム)が運行している。奇跡の一本松はぽつんと静かに立っているけれど、あたりは至るところにショベルカーが動いていて、かさ上げ工事の真っ最中だ。まさに番組で観た通りの風景が広がっていた。放送から1週間後、実際に足を運んでみたくなった僕は、ふらりと陸前高田を訪れた。
奇跡の一本松駅の近くに「鶴亀鮨」の看板を見つけた。「ここから4キロ、陸前高田未来商店街 味と人情の鶴亀鮨」。近くには鶴と亀の置物があり、謎の顔はめパネルまで置かれていた。
「前に寄ってもらったことある?」
入店した僕を見て、大将はそう言った。僕が大将の顔をまじまじと見つめてしまったせいだろう。大将は僕と初対面だが、僕は大将のことを知っている。長男の真一郎さんのことも知っている。ときどき忘れそうになってしまうけれど、ドキュメンタリーに映し出された人たちは皆、この世界のどこかに実在している。
初対面なのに、相手のことを知っている
店の入り口には、「鶴亀鮨」を訪れたお客さんと大将が撮影した記念写真がいくつも貼られている。写真の中で、大将は紙テープを投げている。震災後に店を再開してからというもの、“愛のナイアガラ”と名づけたこの余興でお客さんを楽しませてきたのだと番組で紹介されていた。その余興について、「お客さんを見ると幸せになるし、急にスイッチが入るんだ」と大将は語る。番組では、大将がフェイスブックに投稿した「お客さんの顔見たら、つらいこと忘れてスイッチが入ってピエロになれるんだ」という言葉も紹介されていた。
テレビに映し出されていた通り、大将は明るく楽しい人だった。お客さんが「カードは使えますか?」と尋ねれば、「トランプ? それとも花札?」と冗談を言ってみせる。僕が東京から来たのだと告げると、「何、どんな儲け話があってきたの」と言う。でも、その物言いに乱暴さを感じさせるところは微塵もなかった。むしろ常に気を使わずにはいられない人の性質が言動に強くにじんでいる。それはでも、番組を観たせいでそう感じるところもあるのだろう。
密着する中で、ディレクターは大将が暮らす仮設住宅にも足を運んでいた。そこで撮影された映像には、睡眠薬を服用する姿が収められていた。「今なんとか蓄えできるぐらいのまわし方ができない。今なんとかまわっているだげだからね」と語る大将は、日付が変わっても寝つけずにいる。そしてまた朝が訪れる。開店前の調理場で、朝と昼を兼ねた食事をとる。献立はほとんど毎日たまごかけごはんだ。それをかきこんで店を開ける――。客として訪れただけでは見ることのできなかった姿を、初対面だというのに僕は知っている。