「ノストラダムスの大予言」の功罪

――さきほど鹿島さんは、プロレスや「川口浩探検隊」のような、虚実入り乱れたテレビ番組を通じて「楽しみながら疑う」ことに親しんだとおっしゃいました。そのようなスタンスって、「フェイクニュース」や「ポスト真実」などといわれる虚偽情報が飛び交う昨今、重要ですよね。

そうかもしれませんね。そうしたテレビ番組と同様に、僕はゴシップ紙やタブロイド紙も大好きなんですけど、そこに書いてあることを丸呑みはせずに、いったん自分の中で寝かしておくみたいな付き合い方をずっとしてきたんですね。だから、僕のようなゴシップ好きで下世話な人間であればあるほど、そういう用心深さを備えていると思うんです。逆にいえば、下世話でないマジメな人ほどフェイクニュースに惑わされやすいような気がします。

――マジメな人は、ゴシップへの免疫がない。

あるいは、ムダな時間を過ごしてこなかったからじゃないかなって。

――ムダな時間……。それこそテレビで「川口浩探検隊」を見る時間のような。

そうそう。だって「川口浩探検隊」は、ジャングルの奥地に猿人や巨大生物といったUMA(未確認動物)を探しに行くのを、ドキュメンタリーという体で放送してましたからね。要は、僕らは「娯楽」をずっと見続けていたわけで、まさに大いなるムダですよ。でも、大いなるムダはムダじゃないんです。僕はあの番組でリテラシーを学んだようなものですから。それにしても、あれが許されていた時代というのは、寛容でしたね。

――やらせを楽しむ余裕が世間にあった。

今だったらあんなオカルトじみた話なんて見向きもされないし、当時ですら、嘉門達夫さんが番組をネタにして「川口浩が洞くつに入る カメラマンと照明さんの後に入る」と歌っているのをみんなで笑っていましたから。でも、85年にテレビ朝日のワイドショー番組「アフタヌーンショー」が起こした「やらせリンチ事件」が社会問題化し、やらせに対する世間の目が厳しくなって「水曜スペシャル」も終わってしまった。それでも、90年代中盤までは「川口浩探検隊」的な番組もまだ結構残っていたんですよ。

――そういえば、その手の番組はいつからかまったく見られなくなりました。

以前、当時の番組制作者の方にお話をうかがったことがあるんですけど、「ノストラダムスの大予言」が外れて以降、そういう番組の需要が一切なくなったというんです。言われてみれば、僕が子供のころは、クラスの学級文庫に五島勉さんの『ノストラダムスの大予言―迫りくる1999年7の月、人類滅亡の日』が普通に置いてあったんです。いわば日常の中にオカルト的なものがあったんですけど、「1999年7の月」が何事もなく過ぎてしまって、もうそれらはムダなもの、不必要なものとして切り捨てられてしまった。

――オカルトが死んでしまった結果、真偽不明のものをニヤニヤ眺める機会も失われてしまったと。

かつては世の中にある種のいかがわしさを許容する空気が漂っていたのが、00年代以降みんな合理的になって、正しい情報しか求めなくなった――。番組制作者の方はそうおっしゃっていましたね。でも、そうやって「正しい情報」を最短距離で探そうとする人ほど、フェイクニュースに飛びついてしまいがちなんじゃないかと心配になります。

――「最短距離」という点に、余裕のなさが見てとれます。そういう場合、結論しか見ないから、そこに至るプロセスがまるっと抜けていることもあり得ますね。

そうなんですよね。だからプロセスって、ほんと大事だと思いますよ。僕が見ていたプロレスなんて、プロセスそのままですし、そのプロセスは真実ですから。そういう一見ムダに見えることや、ある結論に至るプロセスに目を向け、それを笑って楽しむ余裕は、今のような不寛容な時代にこそ重要になっている気がしますね。

プチ鹿島
1970年長野県生まれ。大阪芸術大学放送学科を卒業後、大川興業に所属 。お笑いコンビ「俺のバカ」での活動を経て、フリーとなる。2012年からオフィス北野所属。スポーツからカルチャー、政治まで幅広いジャンルの時事ネタを得意とする「時事芸人」としてラジオ、雑誌を中心に活躍している。著書に『教養としてのプロレス』、『東京ポッド許可局』(共著) がある。
(聞き手・構成=須藤 輝 撮影=プレジデントオンライン編集部)
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