なぜ最も重要なのは「従業員」なのか

【池田】とにかく八谷さんは、人を大事にされていたと伺っています。私も常々、数あるステークホルダーのなかで、最も重要なのは従業員だと折に触れて語ってきました。従業員が一生懸命に働けば企業も利益を生み、製品や税金、配当などで社会に貢献できる。それは八谷さんの創業の精神でもあるわけです。

【高杉】その通りです。僕が経営者としての八谷さんに一番魅力を感じる点は、なんといっても社員を大切にしていたことです。智子夫人から記念にいただいた八谷さんの日記に苦学生時代の記述があります。几帳面な字で「自分は1円50銭の給料をもらっているのに、工場で汗を流している工員さんが、わずか1円なのはおかしい」と書いてあるのですよ。日記ですから本音でしょう。この気遣いはすごい。しかも、人を育てるパワーも持っていた。

貴重資料!八谷氏直筆の昭和3年の日記――高杉氏が八谷夫人から譲り受けた八谷氏の日記。几帳面な字で1日も欠かさず、授業や仕事での気付きが綴られている。

いま、こうした考え方をできる人がどれだけいるか……。そんな資質を持つ人こそ真のリーダーです。いま、政治や経済にとどまらず、さまざまな面で日本が弱ってきていることは間違いありません。戦後間もない時代もそうだったかもしれません。そんななかで八谷さんは、化学技術を通して、日本に漂うあきらめの空気に一石を投じようとしたのでしょう。そして、そこにはいつも勁(つよ)さと優しさがあふれていました。いまこそ、そんな人物が必要なのです。

その意味でも、ドラマは1人でも多くの人に観てもらいたいと念願しています。実は、この『炎の経営者』のドラマ化を切望したのは僕のほうでした。現在のように閉塞感が漂う時代だからこそ、勇気が出る物語を世に問いたいと考えたのです。

実現できれば、間違いなく視聴者にアピールできると確信していましたが、放映に漕ぎつけられたのは、日本触媒さんの全面的な協力のおかげです。池田さんも試写会をご覧になられたと思いますが、どのシーンが印象に残っていますか?

【池田】やはり車中直訴ですね。小説もそうですが、あのシーンが好きです。八谷さんが博多行き急行列車「筑紫」に乗り込んで、東京から来た富士製鉄(現・新日鉄住金)の永野重雄社長をつかまえ、出資を依頼する。もはや、ナリフリかまわない突撃です。ここが一番ハッとして、私の心を掴んで離しません。

【高杉】50年、八谷さんが44歳のときのことです。伊原剛志さんが演じる八谷さんが、永野社長に飲ませるほうじ茶を入れた魔法瓶を肩からタスキ掛けにして下げています。ですが、これは主人公の必死さを示すための演出にほかなりません。実際の八谷さんは非常にお洒落でした(笑)。