エネルギーロスをクルマ全体で最小にするか
これに対して藤原の発想は斬新だった。
「どのタイヤもスリップしないように駆動力をコントロールしてやれば、現実の世界では、スリップが抑制され駆動の効率が向上することによって、むしろ2WDよりもAWDのほうが燃費のよくなる場面すらあるのではないか」
つまり、駆動力の伝達効率を向上させられれば、AWDのほうが2WDよりもかえって燃費がよくなる可能性があるかもしれない、というのだ。
この藤原の発言を聞き、八木は「目が覚めた」と言う。というのも、従来のAWD開発の現場では、燃費の向上と操縦安定性の向上とは二律背反、こちらをたてればあちらがたたず、その中で最終製品の性格に合わせて最適解を見つける、場合によっては両者の妥協点を見つける、という姿勢が常識だったからだ。
そこで八木をはじめとする開発陣は、自分たちに与えられたテーマは、「エンジンによって発生させたエネルギーのロスを、タイヤまで含めたクルマ全体でいかにして最小にするか」であると、その発想を大きく転換させる。
これがものになった暁には、燃費の向上と操縦性の向上が同時に達成できるはずだ。それはまさにAWD開発のブレークスルーになりうる。
「それまでは、いかに効率よく駆動軸を回すかということばかり考えていました。タイヤのことを忘れていました。接地面に的確に駆動力を伝えることによって燃費をよくする、という発想は存在しませんでした」
そもそも、AWDに必要な機構の存在を無視してタイヤだけを考えると、理論上はAWDのほうが、燃費はよいはずだ。AWDの燃費性能を悪化させているのは、つまり、エネルギーのロスを招いているのは、四輪に駆動力を伝えるのに必要な機構であるユニットなどだ。これらが車体重量の増加を招いて燃料消費性能に悪影響を与えると同時に、本来駆動力に回るべきエネルギーを無駄に使ってしまっている。クルマ全体から見ればそれがAWDであるからこその損失となっている。それが従来のAWD車の実態だった。
現実の世界を見ろ、と藤原は言う。
車両の燃費を計測するのに、開発現場にあるシャシダイナモでクルマを走行状態にしても、それによって必ずしもユーザーが日常的に運転している場面での実用燃費が正確に割り出せるわけではない。シャシダイナモ上での走行は、理想に近い路面上における運転の状況を教えてくれるにすぎない。現実には、雨にぬれた路面、雪ですべりやすい路面、あるいは未舗装路やぬかるんだ道路などさまざまだ。だから、開発者にとって大切なのは、実験室でよい数値を得ることではなく、ユーザーが運転する日常的な状況のもとで、AWDのほうが、2WDよりも優れた燃費性能を発揮する製品を生み出すことなのだ。