「豊洲が汚染地域に指定されるかも」という懸念
豊洲新市場の予定地は、周知のように東京ガスのガス製造工場跡地を東京都が買い取ったものである。ガス製造工程では、ベンゼン、シアン化合物、ヒ素、水銀、六価クロム、カドミウム、鉛など人体に有害な物質7種が生成され、土壌や地下水が汚染される。
土壌汚染地は全国に数多あり、その跡地は様々な用途に転用されているが、巨大消費者を擁する東京ガスの工場跡地として国内最大級の汚染土壌とされる豊洲に「食の卸売市場」を移そうとした都の判断が問われている。
豊洲新市場の建物下に怪しく広がる“地下空洞”が見つかった直後、筆者は開示された議事録の内容確認から取材を始めた。その内容の詳細と経緯を知らねば何も始まらないからである。
まずは、盛り土を提言した専門家会議(正式名称は「豊洲市場予定地における土壌汚染対策等に関する専門家会議」)の1年間にわたるやりとりだ。便宜上、小池都政で新たに設置された専門家会議と区別するため、当時の会議を旧専門家会議、現在の会議を新専門家会議と呼称する(いずれも平田健正座長)。
旧専門家会議は、有害物質や水質、土質、環境保健の分野から各1名、計4名の学識経験者で構成され、豊洲における食の安全・安心を確保するための土壌汚染対策を提言するために設けられた。同会議は、2007年5月19日から翌08年7月26日まで開かれ、結論として「豊洲新市場の敷地全体に4.5mの盛り土をする」ことを東京都に提言する。石原慎太郎都知事・比留間英人市場長の時代である。
9回にわたって開かれた旧専門家会議の議事録を読むと、全体を通して通奏低音のように東京都の担当者と専門委員との間で意識されていることがあった。専門委員や都の担当者らのやりとりに数回出てきた「土壌汚染対策法(土対法)」である。
同法は、有害物質を残すそうした工場が移転後、重金属類や揮発性有機化合物などによる土壌汚染や地下水汚染が跡地再開発で問題になるため、その対策として整備された環境省所管の法律で、2002年5月に制定・公布され、翌03年2月15日に施行された。
旧専門家会議で強く意識されていたのは、その土対法と、同時期に環境省で審議されていた同法の改正(2008年5月参院通過、09年4月公布、10年4月施行)にまつわる、関係者たちの「心配事」である。
「心配事」とは、端的にいうと、ユルユルの法律(詳細は後述)である土対法の改正によって、豊洲予定地が汚染地域に指定されるかもしれない、という懸念である。議事録には、そうした類の発言が散見される。