タイに住み込んで開発した洗剤の物語

当社の徹底した現場主義による高付加価値戦略は海外でも展開されています。例えば、タイで消費者の動向を見るために、マーケッター、開発マン、研究者といった7名のチームがタイ・バンコクへ飛び、1年間暮らしたことがあります。バンコクの長屋のおばさんたちと一緒に洗濯をしながらどのような洗剤がほしいかを調査した結果、「アタック・イージー」という洗剤の開発にこぎつけ、今やタイで10%のシェアを占めています。

今、日本で使われている洗濯洗剤は、濃縮洗剤と呼ばれるもので、汚れが落ちやすいように濃度を高くしてあります。しかし、タイのアタック・イージーはあえて濃縮されていない、在来型の洗剤をベースに開発を進めました。日本では何十年も前に使われていたものですから、当初、開発者から「今さら在来洗剤なんて……」といった反応がありました。

しかし、濃縮洗剤は洗濯機を使うことを前提に開発されたものです。タイの庶民の多くはいまだに洗濯板でもみ洗いしており、現場からは濃度の高い洗剤では手が荒れて困るという声が聞こえてきました。ですから、手の荒れにくい在来型洗剤にすべり剤を入れました。水に微生物が多く、臭いが強いこともわかったので香りは強めにした。在来型商品に現地にそぐった付加価値をつけることでまた一つ、ヒット商品が生まれたのです。

仮説と問題意識を持って、現場に乗り込み、消費者の動向を見る。そして、そこから生まれた仮説を基に商品を企画・開発し、その後もフォローを続ける。RPDC(Research,Plan,Do,Check)といわれるサイクルを現場力に基づき、忠実に回していくだけのことなのです。

私は、成功する商品にはストーリー性が不可欠だと常々言っています。ストーリー性というと、まず物語をつくり、それにあわせて開発を始めるのだととらえられがちです。しかし、本当に市場に必要なものは何なのかを、現場で得たものに基づいて考えていれば、自然にストーリー性は生まれるはず。要するに、前述のRPDCサイクルを踏襲してつくった商品なら、そのプロセスをたどることで物語はできあがるものなのです。

例えば、タイにおけるアタック・イージーの場合であれば、毎日の洗濯で手が荒れて困っている主婦が、「すべりがよくて香りが強い」洗剤を使ってもっと楽に洗濯ができるようになる。そんな物語を聞かせてあげれば、消費者も自然に商品を受け入れられるはずです。

※すべて雑誌掲載当時

(野地秩嘉=構成 大杉和広=撮影)