日本人がここまで後輩を育てる理由
同じ軍事戦略の古典でも、クラウゼヴィッツの『戦争論』の主張は、『孫子』とは大きく違います。『孫子』がライバル多数のなかでの生き残りを考えているのに対し、『戦争論』は1対1の状況を前提にしています。また、『戦争論』には「本質をつかめばすべてがわかる」というヨーロッパの伝統的な思考パターンがある。一方、『孫子』は政治思想をベースとする中国的な「思考の型」が端的に表れています。
中国的な「思考の型」は、日本にも大きな影響を与えています。代表的なものは「儒教」です。孫武と同じ時期の思想家、孔子が唱えたもので、その教えをまとめた『論語』は江戸時代以降広く読まれています。孔子は長続きする組織をつくるために、厳しい倫理規範と秩序を強調しました。たとえば「徳」。リーダーは日頃から正しい道理を守り、その姿勢を貫くことで信頼を得るべきだという教えです。また「和」という教えもあります。日本企業では「先輩」が公私にわたって「後輩」の面倒を見るのが普通の姿。海外の企業では、部下の成長はみずからの地位を脅かすことになるため、それが当たり前ではありません。
思想・古典
君子は長い目で正しさを守るが、細かい正しさにこだわらない――『論語』より
[1]『論語』
貝塚茂樹訳/中公文庫
孔子とその周囲の人々とのやりとりなどを収録した『論語』。「短い問答を読むだけではわからない、歴史的な背景まで詳しく解説されているので、理解が深まります」。
[2]『儒教入門』
土田健次郎/東京大学出版会
論語を基にした儒教の教えを一般向けにわかりやすく解説。「日本は江戸時代以降、論語や儒教の教えを受け入れた。本書はその歴史的な全体像の把握に役立ちます」。
[3]『現代語訳 論語と算盤』
渋沢栄一/ちくま新書
「日本実業界の父」と呼ばれる渋沢栄一がビジネスの秘訣を語る。「日本人が『論語』を受け入れていった端的な例が描かれ、日本の『当たり前』の源流がわかります」。
[4]『武士道』
新渡戸稲造/知的生きかた文庫
日本人論として語られることの多い新渡戸の『武士道』。「見取り図になる『武士道の逆襲』を読み終えた後に、ぜひ背景にある歴史的な要請とは何かを踏まえて読んでほしいです」。
[5]『リーダーのための伝える力』
酒巻 久/朝日新聞出版
著者はキヤノン電子を世界レベルの高収益企業に成長させた日本を代表する名経営者。「『論語』的な発想を基に、実体験を交えて、よきリーダーについて述べています」。
[6]『神道の逆襲』
菅野覚明/講談社現代新書
『論語』に加えて日本の「当たり前」の源流である神道を解説。「神道の本質や、宗教者としての天皇の位置づけなどは、日本人ならぜひ己を知るために読んでおきたい1冊です」。
[7]『武士道の逆襲』
菅野覚明/講談社現代新書
時代を経て武士道がどのように変わってきたかがわかる。「乱世における武士、平時における武士、近代以降の精神的な武士像、それぞれの違いと意味、位置づけがよくわかります」。