NHKのテレビ小説「あさが来た」では、主人公が日本初の女子大学校の設立に奔走する場面が描かれていた。いつの時代も、先駆的な取り組みには、世間の偏見と資金集め等の困難が立ちはだかる。学校づくりはその最たるものだ。しかも本書の主役・小林りん氏が設立を目指したのは、学校教育法第1条に基づく正式な日本の高等学校でありながら、世界中から募集した生徒が寮生活を行い、英語で授業を行う日本初の全寮制インターナショナル校。前例がないだけに、設立の難しさは格別だ。
しかし小林氏は、その壁を持ち前の対人能力(ピープル・スキル)で乗り越えていく。夢だけでなく、理路整然と具体的なデータに基づいた計画を早口で語る彼女の説明を聞いた相手は、たいてい彼女に魅了され、協力的になってしまう(らしい)。軽井沢の1万坪の高級別荘地を、わずか1億円で購入したいと持ちかけた話が冒頭に登場する。本来なら無理な金額だが、心を動かされた不動産会社の担当者がありえないレベルの協力を行い、長期賃貸の仕組みを使うことで実現してしまう。
どうやったら、彼女のような情熱と行動力を備えることができるのか。本書の著者は、5年に及ぶ彼女への長期取材を経て、その解を導き出す。
これが映画なら「どこにでもいる普通の女の子」を主人公にしたかもしれないが、現実の彼女はそうではない。東大卒で、外資や国連機関を渡り歩き、米国で修士号も取得したエリートだ。しかし、学校づくりにつながる原体験は、意外にも、カナダの全寮制高校で感じた挫折であるという。
彼女の日本での英語の成績は抜群によかったが、カナダでは全く通用しなかった。本来楽しいはずのカフェテリアは、クラスメートの会話にも加われず、苦痛の時間だった。自分は日本の枠に収まりきれない国際人だと自負していたのに、海外へ出たことで、逆に日本人であることを強烈に意識させられたのだ。
アイデンティティの危機に陥った彼女は、帰国して東大入学を志す。その頃、彼女の中には途上国のスラムを何とかしたいという気持ちが芽生えていた。メキシコ出身の同級生の実家にホームステイし、そこで巨大なスラム街を目にしたことが忘れられなかった。東大でスラム経済を学んだあと、外資系企業を経て、ユニセフでフィリピンの貧困層教育に取り組んだのは学生時代の理想を追ったからだ。
彼女が設立したインターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)が重視するのは「多様性」。多国籍の多様なバックグラウンドを持つ生徒の間で起こる化学反応こそが、真のリーダーを育てるという。そう考えると、ISAKとは、第2の小林りん氏を生み出す学校であるのかもしれない。