「このまま一生砂糖水を売り続けたいのか、それとも私と一緒に世界を変えたいのか」。アップルのスティーブ・ジョブズがペプシコーラの事業担当社長だったジョン・スカリーをヘッドハントしたときの口説き文句はあまりに有名で、もはやレジェンドの域だろう。

そのジョブズ亡き後、もう1人のレジェンドは何を語るのか。いやが上にもワクワク感の高まる一冊だ。

「(ビル)ゲイツはMacOSのライセンス供与を求めたが、ジョブズは絶対にそんなことはしないと言い張った―中略― ジョブズは『自分のアイデアを盗んだ』としてよくゲイツを非難したが、そのたびにゲイツは、『もともとはゼロックスのパロアルト研究所のアイデアをジョブズが拝借したものじゃないか』と言い返した」

生々しい描写が興味深い。全体に人物評は控えめだが、著者自身を含めたビッグスリーの方向性や得意分野がかなり違うことがわかる。

「ムーンショット」は、人類初の月面着陸に匹敵するほどの破壊的イノベーションに与えられる称号。テクノロジーの4つの波(クラウド・コンピューティング、モノのインターネット、ビッグデータ、モバイル機器)のお陰で、ムーンショットは狙いやすくなった。チャンスの芽はそこかしこにあるよ! 本書は70代後半になったカリスマ経営者から次世代の起業家に向けたビジネス指南書なのである。

ジョン・スカリーが価格破壊支持者だったのは少し意外だった。ほかにはない顧客経験、付加価値を志向しつつ、同時に価格でも妥協しない。業務プロセスを見直し、無駄を省き、破壊的な低価格を提示することこそ、最高の適応型イノベーションであると説く。

メンター(助言者)の重要性も強調している。ビジネスは民主主義ではうまくいかない。最終的には1人の人間が決断する。だからこそトップは自分以外の目を持たなければならない。著者自身、現役経営者であると同時に優れたメンターとして活躍している。

「正しい質問をする(なぜ質問が答えより大事なのか)」「逆算プランニング」「ズーミング(ズームアウトからズームインへ)」。経営学の授業で紹介したい知見も満載だ。経験のみに頼らず、他社の様々な事例も検討しながら論を展開する著者の誠実な姿勢には頭が下がる。

惜しむらくは、丁寧に、分析的に書きすぎて経営学の教科書のようになってしまった点。「ビジネスでは環境への適応が一番大切」は、ボクでも言えそう。同じことでもスカリーが言えば重みが違うという考え方もある。だが、スカリーなんだからもっとハジけたこと言ってよ、とも正直感じた。著者への思い入れ度と本書への評価は、多少反比例するかもしれない。

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