留学生と話したくても英語が出てこない

【三宅義和・イーオン社長】今回は、文部科学省教科調査官、国立教育政策研究所教育課程調査官の向後秀明さんをお迎えし、文科省が目指す英語教育改革とは何かについてお聞きしたいと思います。2020年(平成32年)度に施行予定の次期学習指導要領の策定に向けた動きや大学入試における英語の資格・検定試験の活用など、さまざまな分野について質問させていただきます。

まず、向後さんご自身についてお聞きします。文科省に入る前は千葉県の公立高校で英語教師として教鞭を執っていらっしゃいました。もともと、教壇に立つことは学生時代からの夢だったのでしょうか。学生時代から英語は得意だったと思うのですが、どのような学習をされてきたのか、英語との出会いを含めてお伺いできないでしょうか。

向後秀明・文部科学省教科調査官

【向後秀明・文部科学省教科調査官】私の家が教員一家でして、父親、母親、兄、祖父、祖母、みんな教員なんです。とはいえ、そうした家庭環境ではえてして教師という職業にネガティブになるんですね。私も「教員だけはなるまい」と。あるとき、父親とドライブをしたのですが、その途中で、父親が勤務している高校の生徒がバイクで2人乗りをしているところに出くわしました。父は、いきなり車を停めて、さんざん指導をするものですから、ドライブが台無しになりました。そのことがさらにネガティブなイメージを強めました。

英語学習については2つの思いがあります。1つは、中学、高校で自分が受けた英語の授業です。これがある意味、ものすごい授業で、生徒には一度も発言させず、先生の解説を聞いて、英文をひたすら訳すだけ。さすがに、中高生といえども「これでは使いものにならない」と思って、将来、自分自身が英語教育に携わり、そこで役に立てるようになろうと考えたわけです。

もう1つは、高校時代に交換留学制度があり、オレゴン州から留学生が来ました。しかし、彼らと話したくても英語が出てこないという、悔しい思いをしたわけです。自分では、英語は人並みにできると思っていましたから、ショックでしたね。そのことも進路選択に影響したのでしょう。あえて言えば、この2つが私の原点になっています。

【三宅】そういう動機は大事ですよね。その悔しさが「なにくそ」というバネになります。

【向後】確かに筆記テストはある程度できました。ところが、聞く・話すという2技能は惨憺たるものでした(笑)。私が高校生だった80年頃は、単語集とか熟語集が一世を風靡していて、ほぼクラス全員が持っていたんです。でも私には、そうした詰め込み型の学習法は合いませんでした。

ただ、長文読解は、単語を一所懸命暗記している人よりできました。おそらく、文章のコンテンツ全体を掴むという読み方をしたのだと思います。そのため、テストでは、ある程度の点が取れていました。とはいえ、私は英語が得意だと思ったことは一度もありません。英語と真正面から向き合うようになったのは、教員になってからです。