「呼び水政策」が有効に働く条件とは

政府(当時。麻生政権)は先に15兆4000億円の追加経済対策を決定した。この大規模な財政支出の論拠となっているのが「ケインズ経済学」である。

ケインズ経済学の根幹は「有効需要の原理」だ。これは「供給量は需要量によって制約される」と言い換えられる。つまり、先行きの不安などから消費や設備投資などが減ると(需要の減少)、失業や過剰在庫が増える(供給・生産の減少)ということだ。

「需要が足りなければ増やせばいい」というわかりやすい論理で成り立っているため、ケインズ経済学は政治家の利益誘導に使われやすい。しかしケインズ自身は「バラマキ」を肯定していたわけではない。その真意は「呼び水政策」にあった。

手漕ぎポンプを据えつけた井戸では、長く使っていないと水を汲み出せなくなる。このときポンプに「呼び水」を足す。少量の水が、ポンプの不具合を直し、豊富な水を地下から導くきっかけになるのだ。ケインズの真意とは、ポンプの働きを円滑化し地下水を導く呼び水となるように、公共投資は、地下水を次々と吸い上げる乗数効果の期待できる分野に集中すべきというものだ。

一方、そもそも井戸自体が涸れてしまっている場合には、いくらポンプに水を入れても、水は汲み出せない。呼び水の量を汲み出せば終わりだ。だが、そのうち呼び水を頼りにする人たちが出てくる。そうなれば投入はやめられない。誤った公共投資も同じ構造にある。乗数効果の見込めない投資を繰り返すうち、公共投資頼みの企業が生まれ、既得権益化してしまう。

日本はバブル崩壊後、130兆円超の経済対策を行ってきた。公共投資が行われると、一時的に景気は回復する。しかしその効果は1年から1年半程度しか続かない。効果が切れれば、また公共投資が必要になる。日本はその繰り返しで「失われた10年」を過ごすことになった。

これに対し、「待った」をかけたのが小泉純一郎元首相だった。小泉元首相は「新自由主義経済学」に則り、金融政策を重視し、財政による景気の下支えを封印した。日本経済は世界好況のおかげで成長軌道を見出したかにみえた。だが、2008年秋に世界経済危機が発生。各国が大規模な財政出動に踏み切ると、日本は再びバラマキを始めた。

本当に必要なものは呼び水となるワイズ(賢明)な財政出動である。ケインズ経済学ではそれを「ハーヴェイロードの前提」と呼ぶ。ハーヴェイロードとはケインズの育ったイギリスの知識階級が集まる地域のことだ。賢明な財政出動でなければ効果はないのである。たとえば同じ財政出動でも中国やアメリカと日本では内容が異なる。

「国立メディア芸術総合センター(仮称)」のイメージ図。補正予算では建設費117億円が計上されたが、政権交代で先行きは不透明。

「国立メディア芸術総合センター(仮称)」のイメージ図。補正予算では建設費117億円が計上されたが、政権交代で先行きは不透明。

中国は発展途上の段階で、交通網や学校、病院などのインフラが未整備だ。これらの整備は経済全体に大きな乗数効果が期待できる。バラマキでも十分な効果が見込める。一方、アメリカは「グリーンニューディール」として自然エネルギーの活用に取り組む。新しい産業を創出することで、乗数効果を狙っているのだ。

日本の財政出動には、こうした視点が全く欠け落ちている。

「アニメの殿堂」と呼ばれている「国立メディア芸術総合センター」構想は無駄の最たるものだ。117億円もかけて箱物を造っても、建設業者が儲かるばかりで、日本のマンガやアニメの将来にはつながらない。乗数効果を狙うのならば、ハードよりソフトに重点を置くべきだ。


※すべて雑誌掲載当時

(構成=久保田正志)