例えば、先日重力波の予言が検証されて改めて話題を呼んだアインシュタインは、イメージで思考する能力には長けていたが、数学の能力は実はそれほどでもなかった。実際、アインシュタイン自身が、数学の能力欠如について嘆く発言が残っている。

アインシュタインは、数学の天才ではなかったが、別の種類の天才だった。そして、偉業を成し遂げた。そのようなことは、人間においては、しばしば見られる。

テレビの報道番組のキャスターに内定していながら、学歴について事実ではない情報を提示していたとして謝罪、辞退に追い込まれたショーンKさんには、「欠落」があった。しかし、そのことは、ショーンKさんに、全く能力がなかったということを意味するのではない。

佐村河内さんや、ショーンKさんのようなことがあると、メディアは、どうしても、その「欠落」に焦点を当てがちである。それは、社会的な公正という視点から見てある程度は必要なことだとは思うが、やりすぎると、人間の可能性を狭めてしまう。

何かができない、欠けているからといって、別の何かができないというわけではない。むしろ、脳の有限な資源を別のことに使って、能力が潜在しているケースが多い。

欠落はゼロではない。

この一般命題を、読者の方は、ぜひご自身に当てはめていただきたい。ダメだと決めつけるのではなく、できることに焦点を当てることで、創造的に生きる道が開ける。