メーカー、卸、小売りの「思惑」
食品・飲料業界を中心に希望小売価格からオープン価格に移行する動きが強まっている。昨年、ハウス食品はほぼすべての商品に、メルシャンはワインの全商品にオープン価格を導入した。ビールに関してはすでに2005年から全面的にオープン価格が始まっている。
オープン価格はメーカーが希望小売価格を設定せず、価格を小売店など流通業者に任せる制度。家電業界で値下げ競争が激化し、希望小売価格制度が崩壊したため、公正取引委員会が消費者を混乱させるとして、希望小売価格を撤廃するよう通達を出したことが契機になった。
それでは、オープン価格化で消費者は何らかのメリットを受けるのか。実はメーカーや卸売・流通業者の思惑があり、メリットどころか逆に値上げの方向に動くのだ。ビール業界の事情に詳しいジャーナリストの永井隆さんはこう語る。
「オープン価格に移行する“新取引制度”を主導したのはキリンビールだが、各社はシェア争いから始まった安売り乱売を食い止めようと、安売りの原資となっていたリベートを廃止し、小売りに値決めを任せた」
戦後のビール業界は長らくメーカー、卸、小売りがそれぞれ販売価格の取り分を「7対1対2」に分ける建値制が守られてきた。この制度を下支えしたのが、酒類の販売免許や製造免許などの規制である。その結果、三者は利益を安心して分かち合えたが、一方で販売価格はメーカー主導で安売りは許されなかったのである。
この“幸せな仕組み”が崩れ始めた契機が1987年のアサヒの「スーパードライ」の大ヒット。ガリバー・キリンのシェアが落ちるなか、規制緩和も進み、ディスカウント店やスーパーが安売りに走った。
その安売りの原資となったのがメーカーから流通卸に支払われたリベート(販売奨励金)であった。メーカーはリベートを使って出荷価格を実質下げ、商品を卸に押し込み、卸価格も下がることで、小売りの安売りが進んだのだ。
その後、メーカーが安売りをやめて、販売価格を引き上げたいと思っても、身動きできなくなってしまう。エコノミストの吉本佳生さんは、その理由を「囚人のジレンマだ」と語る。
「ビールのような各社似た商品で競争が行われる場合、どこか1社が値上げすれば、他社の商品が売れてしまう。いっせいに値上げする以外は値下げするほうが合理的となり、値下げの消耗戦から抜け出せなくなる」
囚人のジレンマとは共犯の2人の囚人が、取り調べに対して仲間と協調して黙秘するか、裏切って自白するかという問題であり、結果的には両者が裏切り合うことになる。企業競争においてはこの裏切りが「値下げ」となるわけだ。もちろん、いっせいに同額の値上げを行えば、カルテルの疑いが濃厚となってしまう。
キリンはこの囚人のジレンマに終止符を打つために、オープン価格という新取引制度を利用し、リベート廃止に踏み切った。オープン価格はメーカー出荷価格に卸と小売りがそれぞれ利益とコストを乗せる原価積み上げ方式で、リベートがなくなった分、卸は卸価格を値上げする。しかし、大手スーパーは猛反発し、導入当初は大騒動となった。
しかし、消費者は価格に敏感だ。オープン価格といえども、今後どこまでメーカーが主導できるかは不透明である。