「おもてなし」には、ただの接客にはない、何か特別な響きがある。一流のサービスを提供するプロフェッショナルが、その極意を披露。
私が全日空のCAだったとき得意としていたのは、ほどよい距離感を保った「引き算の接遇」でした。必要なものをタイミングよく差し出すけれど、それ以外のときは自分のオーラを消すのが得意だったのです。
CAにはもちろん姿形の美しさが求められますし、「接遇者の美しさもおもてなしのひとつ」というのが私の持論なのですが、あまりにも美しすぎたり、セクシーすぎるCAがいると、お客様がずっと目で追ってしまったりしてくつろげません。その点、私はいい感じでそんな気を起こさせなかったのでしょう。だからというわけでもありませんが、私は社内用語で「トップVIP」と呼ばれる皇室の方々、首相、各国政府首脳、国賓といったVIPの担当を15年間、務めていました。
トップVIPの方々は、私たちサービス従事者に逆に気を遣われます。なぜなら、もし私がうっかり熱いお茶をある国の王様のお膝にこぼしてしまい、王様が火傷を負ってしまわれたとしましょう。世が世なら私は打ち首獄門、お家断絶です(もっともミスがあってはならないのは一般のお客様に対しても同じですが)。トップVIPの方々は、それをわきまえてサービスを受けられるのです。たとえば皇后様は往復のフライトの帰りの飛行機に乗られると、いつも「ただいま」とお声をかけてくださいました。それだけで、張りつめた空気がどれほどやわらいだことか。
みなさんはVIPというと、会社の社長や国会議員などを想像するかもしれません。このような方には、「自分は特別なのだ」とプライドをくすぐることがおもてなしになる場合もあります。具体的に言うと、飛行機には大勢のお客様がお乗りになっていますが、その中でもあなたのことを個として認識していますよ、と伝えることです。それがないと、「今日のサービスは悪かった」と言われてしまいます。
ですからなるべくお名前をお呼びするのですが、なかには「自分がいまここにいることを周囲の乗客に知られたくない」という方もいらっしゃいます。そこでまず、まわりに聞こえないような小さな声で「○○様……」とお呼びして反応を見る、といった配慮も求められます。
VIPの方は一般の方より情報が多いためむしろサービスをしやすいのですが、情報に頼りすぎても危険。サービスは一期一会、同じ場面は二度とありません。その場その場のベストを探っていく、1回ごとの勝負なのです。
人財育成コンサルタント。1986年、全日空入社。25年の在職中、15年にわたりVIP特別機搭乗を務め、皇室、各国元首の接遇で高い評価を得る。著書に『超一流 おもてなしの心・技・体』ほか多数。