日本の医療を担う人材の教育に力を入れる

2016年が始まって1カ月以上が経ちました。今年は、これまで以上に将来の日本の医療を担う人材の教育に力を入れたいと考えています。具体的には、他大学の研修医や医学生、医学部を目指す全国の高校生に私の手術を見学してもらい、できるだけロスのない手術によって命を守るということはどういうことなのか、体験する機会を通じて自分の思いを伝えていきたいと思います。

順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授 天野 篤

私が若い医師や学生に伝えたいのは、技術よりもスピリットです。日本の医療は税金と国民が支払う保険料で賄われています。限られた医療財源を効率的に使うには、適切な医療行為をすることが重要です。エネルギーロスが少ない状態で、患者の安全を守ることも必要になってきます。心臓外科医を志す医師に限らず、これからの医療界を担う医師たちには、医療は社会貢献を目的とした行為であり、公共性の高いものだと認識してほしいのです。

心臓手術に関しては、手術合併症で患者さんが寝たきりになって医療費をどんどん使っていくということは避けなければいけません。原子力発電の世界では、稼働もしていない施設に対して年間数100億円以上もの国家予算をつぎ込んでいますが、医療界でもそういった無駄な出費は抑える必要があります。「早い・安い・うまい」心臓外科手術で合併症を起こさず、患者さんの社会復帰を後押しする医療というのはどういうものなのか体感することは、若い医師や医学生、高校生にとってプラスになるはずです。

心臓外科医の中には、例えば、心臓の弁に不具合が起きる弁膜症の患者さんに対して、まだ薬による治療で大丈夫な段階なのに外科手術を勧める医師もいます。外科医にとっては症例数を増やしたほうがいいですし、心臓外科手術をたくさんすれば病院にとっても収益は上がります。患者さんも手術後に元気になれば、手術が成功してよかったと思うかもしれません。そのような場合、治療する医師側の理由は決まっていて、医学的な根拠に基づくものではありません。「患者さんが遠くから来て通院するのが大変だから」「高齢なので今回が最後の機会だから」「〇〇さんも手術して元気になったから」というようなものです。

でも、それは本当の意味で患者さんのことを考えた治療ではありません。心臓外科手術は高額な医療費がかかるうえ、患者さんの体にメスを入れ命の危険にさらす恐れのある医療行為であり、それ以外の治療法がない場合に選択すべき手段です。私が何より怖いと思うのは、その心臓外科医の下にいる若い医師たちが同じような医療行為を繰り返すようになることです。本人の人間性もありますが、若い人が先輩や上司の姿勢から職業倫理を学ぶのはビジネスの世界も医療界も同じです。