抗がん剤、病院選び、がんの正体……がん患者さんとご家族が“がん”と“がん治療”の全体像について基本的知識を得る機会は多くありません。本連載では、父と妻を“がん“で失った専門医が、医師そして家族の立場から、がん治療の基本を説きます。
強く助言できるのは家族や友人しかいない
何かに集中しているときは心理的ストレスを回避できるといっても、すぐにそれができるとは限りません。「よし、頑張って積極的に活動しよう」となればいいのですが、なかなかそうならない場合が多いようです。
患者さんの中には家族以外の人との接触を避け、自宅で何をするでもなく時間を過ごしてしまう人も多くいます。そんな状況に陥ってしまった人はさらに悪循環に陥り、ますます活動性を落としてしまうこともあります。
そんな状態を患者本人が喜んでいるはずはありません。しかし落ち込んでいる心理状態で、重い腰を自らの力で上げるのはなかなか難しいものです。
そこで重要な役割を果たすのが、家族や親しい知人・友人です。気持ちが落ち込み、活動するのが億劫になっている人に、「何もしないよりは、何かしたほうがいいよ」と強く助言できるのは、やはり家族や親しい友人しかいないのです。
患者さんの家族は、患者さんを病人としていたわるあまり「おとなしく休んでいたほうがいい」と勧めることがあります。
「がんは大病」というイメージがあるうえ、「大手術をしたから」とか、「とても苦しい抗がん剤の治療をしているから」と思うと、知らず知らずのうちに家族を思う気持ちから、そうしてしまうのです。
しかし、人間は心理的に落ち込んでいるときに、一人でじっとしていると、ものごとを悪く考えてしまうものです。結局、家でおとなしくさせることは、さらに落ち込んでいくきっかけを患者に与えてしまうことになります。
これも普通の病気とがんの大きな違いですが、がんは治療中だからといって安静にする必要はほとんどありません。主治医から「自宅で安静にしていてください」と言われることはそれほど多くないはずです。
もちろん手術や抗がん剤治療の直後は確実に体力が低下しています。でもそれはがんのせいというよりも、手術や抗がん剤治療で体力が低下したからです。術後や抗がん剤治療後ではない通常のときも、がんの患者さんを病人扱いすれば、結果的に患者さんは苦しむことになります。
気持ちの落ち込んでいる患者さんは、放っておくとどうしても引きこもりがちです。それでも無理やり誘ってみると、とりあえず気乗りしないまま行動し、気づけば気分転換になっていることがよくあります。
家族や友人は、少し心を鬼にしてでも患者さんを外に誘い出し、一緒に何かするよう促してください。この努力が、患者のストレスを減らすことになります。
※本連載は書籍『がんを告知されたら読む本』(谷川啓司著)からの抜粋です。