不思議なもので、心が込もっている手紙かどうかは、文面から自然に伝わるものです。たまに、書道のお手本のようなきれいな文字だけれど、まったく内容のない儀礼的なことしか書かれていない手紙が届くことがありますが、ああいう手紙なら書かないほうがいい。手紙はきれいな字で書く必要はないのです。

汚い字というのは、ある意味その人の個性であり、その独特の文字で書くことに手書きの意義があるわけですから。それでも気になるなら、私のようにパソコンで書けばいい。そのほうが相手も読みやすいし、いくらでも推敲できます。書き損じて何度も書き直す必要もありません。

こうして便せんに書いた手紙を、自分で描いた絵や自分で撮った写真などを印刷した2つ折りのカードにきちんと折ってはさみ、封筒に入れて送るのが私の流儀です。原則として葉書は使いません。


手製の便せんとカードをセットにし、封書で送るのがリンボウ先生の手紙の流儀(下)。自身の手による絵や写真などを印刷したカードは、相手や季節によって使い分けている(上)。

手紙で一番大事なのは「親書の秘密」です。葉書で送るということは、誰に読まれても構わない程度の内容だということ。封書には、私からあなたへ、他の人に読まれたくない心をこめて送る手紙という意味があります。封を切って手紙を出すときの、ちょっとしたワクワク感も封書のいいところですね。

夏だったら夏の風景を描いたカードを、大学時代の親友には当時の記念写真のカードを、ひとつひとつ相手や季節に合ったカードを。こういう手紙をもらったら喜んでもらえるだろうなと考えながらカードを選んだり、文面を考えたりするのが、私なりの手紙の楽しみ方です。