社会主義が消え、堕落が始まった

<strong>詩人・作家 辻井 喬</strong>●1927年生まれ。東大卒。本名の堤清二として実業界で活躍。詩人・作家としても谷崎潤一郎賞ほか受賞多数。
詩人・作家 辻井 喬●1927年生まれ。東大卒。本名の堤清二として実業界で活躍。詩人・作家としても谷崎潤一郎賞ほか受賞多数。

2008年秋のリーマンショックに直面し、資本主義という制度が孕んでいる本質的な危うさに戦慄した人は多いと思う。危機によって明らかになったのは、投資銀行やヘッジファンドなど主要な担い手たちの底なしの堕落である。

彼らはなぜ堕落したのか。大きな理由は東西冷戦が終結し、社会主義陣営という資本主義への批判者が地球上からいなくなったことだ。どのようなシステムであれ、批判者や対抗者が存在しなくなったとたんに堕落は始まる。

僕が西武百貨店に入社したのは1954年だが、そのころの同社は赤字続きで経営体制は前近代の極みであった。僕はこの会社を近代企業に変えようと意気込んでいた。そのために入社の条件として親会社の西武鉄道に要求したのは、「学卒者を定期採用する」「労働組合をつくる」の2点であった。

学卒者の採用はすんなりと認められたが、一方の労組については容易に理解が得られなかった。わざわざ経営の手足を縛るような存在をつくることはない、というのが西武鉄道の本音だったろう。僕の考えは違った。職制上の縦のルートがあるだけでは、経営者にとって都合の悪い話は上がってこない。労組ルートを別に設けることで、「横」からの情報が入りやすくなり、会社の実態がつかめるに違いないと考えていた。堕落を防ぐため、意識的に批判者をつくろうとしたのである。

ところが、当初に限ればそれは机上の空論にすぎなかった。若手社員に「労組をつくれ」と呼びかけても、尻込みするだけで誰も応じない。ある学卒者は「田舎の親から組合運動だけはやるなといわれていますので……」と答える始末だ。