「信じる」行為には様々なレベルがある

<strong>作家・大阪芸術大学客員教授 岡田斗司夫</strong>●1958年、大阪府生まれ。オタク評論家。近著に『レコーディング・ダイエット決定版』。

難問ですね。僕はディズニーランドのリピーターです。ランドもシーも大好きで、わざわざランドでお昼食べにだけ行くのもしょっちゅうでした。その僕ですら「ミッキーの実在」は信じてません。

混乱を避けるため、「信じる」をレベル分けして話を進めます。

信じる(1)は「実在を信じる」。つまり「あんな巨大な、人語を話すネズミ状の生物がいる」と信じることです。これは無理。ランド入り口に進化系統樹を張り出さなきゃいけなくなる。

齧歯類を祖先にして、数千年前にカピバラより巨大化がはじまって二足歩行して、という不気味な図解を舞浜駅に張るのはオススメできません。

信じる(2)は「概念を信じる」。愛や親子の絆を信じるのと同じです。物理的に存在しないけど「ある」と皆が信じている。

信じる(3)は「夢があるから信じたい」。サンタやお正月の初詣で、厄除けもここに入ります。

信じる(4)は「信じてるフリをする」。大仏にお参りとかです。大仏をお参りする人は普段から仏教を信じてるのではなく、「せっかくお参りに来たから」という期間や場所限定、観光気分で「とりあえず」信じたフリをして楽しんでいます。

現在のミッキーに関しては、残念ながら(4)です。だから楽しかったディズニーランドを離れると、みんな恥ずかしそうにミニーの耳を外すわけです。

(1)は絶対に無理。(2)も難しい。となるとねらい目は(3)です。せめてサンタクロースと同じくらいには信じさせるにはどうするか? これより解決法に入ります。