今回、発表されたザハ氏の声明でも、アーチ1本にかかる費用は230億円だとしている。ザハ氏サイドでは、本体部分を含めても当初予算の1300億円以内で完成できると見積もっていたようだ。新国立のキールアーチが高騰したのは、製造を担当する新日鉄(現・新日鉄住金)に原因はないのだろうか。同社が手がけた東京スカイツリーの建設費も相場より高かったという噂を聞いたことがあり、国土交通省や多くの建設関係者が疑いの目を持っている。そもそも最大手の日建設計と現場のゼネコンの見積もりがここまで大きく食い違うのはありえない。

12年秋のコンペ段階でもザハ氏案の事業費についての木本健二・芝浦工大工学部建築工学科教授による評価は、「○(特段の所見なし)」で特に問題とされていない。翌年、日本最大手の設計事務所である日建設計から施工主である日本スポーツ振興センター(JSC)に対して「総工費が1700億から1800億円程度かかる可能性がある」との一報が入ったが、キールアーチが原因だとはされておらず、あれこれ縮小すれば1300億円に収まる範囲だ。大手ゼネコンにいる私の知人に確認したところ、絶対に1300億円でできると話していた。

それがなぜ、2520億円になってしまうのか。私が気になったのは、13年8月に日建設計・梓設計・日本設計・アラップ設計共同体(JV)が出した最初の見積もりの総額3520億円という数字だ。開閉式屋根や可動式座席で8万人収容などのフルスペックだとこの金額になってしまうという。

しかし、専門家に聞いてみると、確かにこれらの諸要件にコストがかかるのは理解できるが、近年主流となってきたPC(プレキャスト鉄筋コンクリート)工法を採用していないのが、建設費高騰を招いたのではないかという。PC工法は工場で建物の部材をあらかじめ製造しておき、現場では組み立てるだけで建てる方法だ。住宅をはじめ広く普及している。工場で製造することで、製品の品質管理を向上させ、現場での作業時間を縮減できる。現場での作業が減るので熟練工の拘束日数も減少し、人件費も圧縮できる。最終的に工期全体も短縮。おまけに、現場での作業に必要な木製型枠も使用しないため、地球環境にもやさしいのだ。

しかし、このPC工法ではゼネコンが儲からない。ゼネコンは公共事業において、いろいろな理由をつけてPC工法をさけようとするだろう。PC工法は、ガチガチに組み立ててしまうので解体がしづらい。解体業者が苦労するほど完璧なものができるなら、PC工法でよかったのではないかと思うし、これからどんな設計になるにしろ、ゼネコンがどんな理屈を言い出そうが、PC工法を採用させなくてはいけない。その意味で監督官庁が、国土交通省ではなく、文部科学省だということに非常に不安を覚える。現場のゼネコン試算が高すぎたとしても、民間の事業であればどうデザインを活かして不要な工事を減らすか頭を使うはずだ。