厳しく、老かいなマネージャー
今年の春、人事雑誌の取材で数社の大企業の人事部に「新入社員の取材をさせてほしい」と申し出ると、受け入れてくれた。取材の場には、上手くまとまった新人が登場し、つぶやく。
「上司や先輩のおかけで、なんとかやっております」
謙虚だなと感じたが、実は「○○さんのおかげで……」は怖い言葉なのではないか、と思った。振りかえると、この言葉を口ぐせにする者はしたたかで、老かいなタイプが多い。
2008年に、渋谷にIT系のソフト開発をする会社があった。その後、業績ダウンで人数を減らしたが、当時は正社員が400人になっていた。制作部のマネージャー(部長)は、30代後半の男性。筆者は、2006年から2012年までに仕事の打ち合わせなどで10数回会った。
制作部は、部員が20人ほど。マネージャーよりも年上の部下が8人ほどいた。その人たちには「○○さんのおかげで……」と気をつかう。「○○さん」とは、年上の部下である。
「○○さんのおかげで、この前の納期に間に合いましたよ」「○○さんのおかげで、社長も喜んでいましたから……」
ところが、年下である部下たちには、態度が豹変する。命令口調となり、ささいなミスでも大きな声で叱りつける。諭す、のではなく、潰す、といった感じだった。見ているこちらが、怖くなることがあった。
ここまで暴君に振る舞いながら、年上の部下の前になると、突然、「○○さんのおかげで……」と言い始める。役を与えてもらえない、半人前の役者の芝居みたいだった。
年上の部下は、ほかの部員たちよりはキャリアが長く、実績がある。性格は「ひとくせ」ありそうな人たちだったが、仕事のレベルは高かった。
この人たちが気分よく仕事をしてくれると、生産性がぐんと上がり、制作部としての業績も上がっていく。きっと、マネージャーはこんなことを考えたのだろう。実際、この部署は業績を上げた。今、40代前半になった、この男性は役員をしている。
その成功の陰で、年下の部下はずいぶんと無念の涙を流したのかもしれない。年上の部下のほとんどは、もう退社しているという。マネージャーは厳しく、老かいな男だった。