物件自体の価値から「物語」へシフトした

世界遺産の増加が止まらない。2015年現在、世界では1000以上、日本では18の物件が登録されている。世界遺産は国連機関のユネスコが運営する制度だ。日本では1993年に「法隆寺地域の仏教建造物」と「姫路城」が文化遺産に、「白神山地」と「屋久島」が自然遺産に登録された。それから20年ほどで14件が登録された。ほぼ3年に2つのペースで世界遺産が増え続けているわけである。

欧米などと比べると、日本では、世界遺産のブランド力は極めて強い。これまでも「世界三大××」のほか、指揮者の小澤征爾を「世界のオザワ」、作曲家の坂本龍一を「世界のサカモト」と呼ぶなど、漠然と世界からの承認を示す表現はあった。だが、それらと比べても、世界遺産ブランドは、ユネスコという「実態はいまいち分からないが、何となく地球最強の権威に認めて貰えた」という満足感と安心感を与えてくれるのだろう。

さらに世界遺産登録には、地域振興や観光開発に多大なメリットがある。2014年、「富岡製糸場と絹産業遺産群」が登録された。正式登録の前段階の登録勧告がなされた直後の大型連休だけで5万人以上が訪れ、それまでの1日の入場者数記録が更新された。こうした成功例がいくつもあり、各自治体が世界遺産登録を目指すのは当然の流れだろう。念のため申し添えておけば、ユネスコが掲げる世界遺産の理念は地域振興や観光開発ではない(※1)。 主に歴史学的・考古学的に見て唯一無二な人類史に影響を与えた物件を選定し、それを保護・継承することである。

日本の世界遺産について、都道府県単位で調べたところ、図のようになった。赤と緑は、既に正式登録された文化遺産、自然遺産を持つ県、黄色は国の暫定リストに記載された物件のある県、青は世界遺産登録を目指す活発な運動が現在見られる県だ。ちなみに、宮城県、愛知県、宮崎県にも、かつては世界遺産を目指す運動があったり、萌芽的な運動が行われていたりする。このまま行くと、国立大学なみに、全ての都道府県に世界遺産ができるかもしれないのである。

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都道府県別の「世界遺産」の状況

とはいえ、世界遺産登録の基準となる「人間の創造的才能を表す傑作」や「ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在」はどこにでもあるのだろうか。筆者が見る限り、日本では2001年を境に、登録される物件の性格が変化した。それ以前には、先の法隆寺や姫路城に続いて、京都・奈良・日光の神社仏閣、白川郷、原爆ドーム、沖縄の城跡・聖地などが登録された。もちろん程度に差はあるが、これらは世界遺産登録前から代表的な観光地であった。修学旅行などで訪れた人も多いだろう。

一方、2001年以降は、「紀伊山地の霊場と参詣道」「石見銀山遺跡とその文化的景観」「平泉――仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」「富士山――信仰の対象と芸術の源泉」「富岡製糸場と絹産業遺産群」となっている。2001年以前の物件の多くは「文句なしに誰が見ても世界遺産」だったのに対し、2001年以降は、それなりの説明やプレゼンが必要なものが増えているのである。

この説明やプレゼンは物語と言い換えてもいい。その物件の価値を唯一無二の建造物や景観のような物が持つ価値や凄みだけで表現するのが難しく、物をめぐる歴史やエピソードなどをアピールしなければならないのだ。特に富士山の登録までの20年間のプロセスは、この「物から物語へ」というシフトそのものであったと言える。