「どうも覗かれている気がする」
第2のケースはさらに過激だ。父親R氏への、息子S氏の仕掛けだ。
「Rさんがトイレに入っているときに、誰かに頼んで、その模様を窓の外から覗かせたんだそうです」(A氏)
何と、用を足している親を外から覗いたのだ。振り向いたら隠れる。動作が遅い老親は気配を感じつつも、事態が呑み込めない。
「肉親だとバレてしまうので、他人にお願いしたそうです。男親なら女性、女親なら男性。特に髪が長い女性なら幽霊にも見えるし、印象に残ります。家族に『どうも、俺は裸を覗かれている気がする』とRさんが告げる際、やはりどこかで嬉しいのか顔がにたつくんですが、Sさんはそこでうんざりしたように、『そんな爺さんのを覗く人なんか、いるはずないだろう』と切り捨てて、Rさんの不安を膨らませていったのです」(同)
70歳を過ぎれば、どの老親も程度の差こそあれ恍惚となる自覚はある。その微妙な心理を突いたというのだ。
「実は自分がボケ始めているのでは……と思えば、おのずと遺言書を書く気になります」(同)。
A氏によれば、これまでにあげた2つと似たようなケースは頻発しており、中には半年以上も継続して追い詰めていく人もいるという。
要介護認定を受ければ、さすがの親も遺言書を書きそうだが、やっかいなのは、認定する調査員の持つ74の質問事項がなるべく認定を回避するようにつくられているうえに、認知症の症状の出始めた老人が、調査員の前では身も心もシャンとしてしまうことだ。
「ところが、調査員が表に出さないチェックマニュアルに『(実際には存在していない)物が人に見えると言い張る』という項目があります。調査員から明かすことはありませんが、こちらから『こんな症状がある』と言い出せば、調査員も顔色が変わります」(A氏)
入院してから「遺言書を書いてくれ」と切り出すのはもっとやりにくいし、認知症や死亡のリスクも生じる。
「頭では理解していても遺書を書かない人が多い以上、同じようなことは今後増えていくでしょうね」(同)
人道にもとる手法に頼らず、誰もが納得する解決法はないのだろうか。