どうすれば人々の心を震わせるようなスピーチができるのか。歴史をたどってみると、どんな天才も、ゼロから作り出しているわけではなく、影響を受けた思想や参考にした書物があることがわかる。

ここでスピーチをとりあげる6人の政治家・経営者のなかには、大平正芳のように一般的には訥弁と思われていた人物もいれば、盛田昭夫やジョブズのようにスピーチの上手さに定評のある人物もいる。彼らに共通するものを強いてあげるとするなら、自分の言葉を持っていたということだろう。

大平は、古今東西の書物から言葉を引用しながら、それを自分なりに解釈して政策を提言することができた、日本では希有な政治家だった。対照的に、本田宗一郎は「高等小学校卒」という学歴で、本はほとんど読まなかったが、持ち前の明るい性格もあって、常に自分の目標に社員を巻きこむ弁舌の才能を持っていた。

もう1つ、6人のスピーチの共通点としては、彼らが自分の立場を明らかにしたうえで話をしている、ということがあげられる。

たとえば盛田昭夫は「自分は産業人だ」という言葉を好んで使った。彼のスピーチライターの1人は「製造業の経営者として伝えたいという立場を明確にしたうえで、危機感をもってスピーチをしていたため、言葉に力があった」と語っている(『ソニー創業者盛田昭夫が英語で世界に伝えたこと』中経出版)。ジョブズのスピーチが注目を集めたのも、「末期がんに侵されている」という自身の立場を告白した効果が大きかった。

いずれにせよ、彼らのスピーチが人々に感銘を与えたのには、それまでに培った教養や体験などきちんとした裏づけがあった。ここにあげる6人のケースからそれを読み取るとともに、人々に伝えるための工夫にも注目しながら、スピーチのメソッドを学んでみたい。