長谷川副室長によると「財務やマーケティングは中国側が仕切るが、人事や総務、営業、特にサービス面については日本側に任されている。中国的なサービスでは日本の消費者を満足させることはできないことを中国側はよく承知しており、むしろ日本のサービスを中国側に逆輸入したいと考えている」と語る。

法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科の小川孔輔教授は「(春秋航空日本の中国色打ち消しは)トヨタがレクサスを米国市場に販売する際のブランド隠し(出身国のイメージを消す)と同じで、ブランド戦略的には正しい」と評価する。

それでも、社内では中国側の営業戦略の考え方に戸惑いもあったという。同社では宣伝広告費を一切かけないよう指令されているからだ。これは同じLCCのジェットスターとは対照的だ。設立直後、大手広告代理店が何度か訪ねてきたが、「うちの広告宣伝費は0円なんです」と説明するほかなかったと長谷川副室長は苦笑する。

親会社の春秋航空はなぜそこまで広告宣伝費に対してシビアなのか。ひとつには春秋グループ創業者の王正華会長が稀代の倹約家で、「教育と安全面のコスト以外は徹底してムダを省く」社風にある。同グループのコスト削減の徹底ぶりは中国でも有名だ。上海虹橋空港にある本社ビルでは、昼間は社員に照明や冷房は使わせないという。実際に訪ねたところ、その話は本当で、オフィスは暗いし、暑かった。

理由はそれだけではない。春秋航空は初の国際線として10年7月に上海・茨城線を就航。続いて高松、佐賀、関西国際空港と日本路線を拡充し、昨夏初めて上海以外の重慶、武漢、天津から関空線を就航させている。日本以外の国際線も、タイやカンボジア、シンガポールなど東南アジアのレジャー路線を中心に17空港と新規路線を着々と開拓。14年8月時点で、国内41空港、106路線を有する中国最大のLCCだ。同社は04年の設立後1年目で黒字化に成功したことから、LCCのマーケティングに絶対の自信を持っている。春秋航空日本市場開発部の孫振誠部長は、その理由として以下の点を挙げる。

(1)チケットはすべてネット販売
(2)一機あたりの1日の運航時間を11時間にする(通常は9時間)
(3)座席数は180とする(通常は157)
(4)オフィスビルは質素にするなど、余計なコストをかけない

黒字化の背景には、ネットに習熟した中国の消費者がいたのだ。この点、日本の消費者は旅行会社による航空券流通が普及しているぶん、ネット販売のみでは集客が難しい面がある。それはエアアジアと全日空が販売戦略上の不和から合弁を解消した理由だった。

さらにいえば、春秋航空の母体の春秋国際旅行社は国内・海外を合わせた旅行取扱人数・売り上げともに15年間連続1位(13年)という中国のナンバーワン旅行会社であり、上海を中心に全国に販売ネットワークを展開。中国では圧倒的な知名度を誇っているため、中国側の首脳部は「ネット販売だけで十分」との判断を下したと考えられる。