高等な動物ほど、記憶は不正確であいまい

池谷裕二さん

【池谷】ちなみに、動物と比べると人の記憶力は悪いのですが、実はわざと悪くしてるのをご存じですか?

【岩波】えっ、そうなんですか!?

【池谷】たとえば、1~25までの数字が1つずつ順番に浮かび上がる、縦5枚×横5枚のパネルがあるとします。これを覚えて、順番通りにパネルを押してくださいと言われたら、人間はなかなかできませんよね。でも、チンパンジーは訓練さえすれば案外、簡単にできる。

それほど彼らのワーキングメモリーは優れているわけですが、もっと驚くべきことがあります。ちょうど数字が12とか13とか、半分くらいまで思い出したところで、横から話しかけるのです。「どう、うまくいってる? バナナでも食べる?」とか言って。で、バナナを食べてしばらくたってから再開すると、残りを順番通りにまた押せる。これはヒトには絶対できません。

記憶力のよさでいえば、ヒトよりサル、サルよりイヌ、イヌよりネズミ、ネズミより鳥類……。実際、鳥なんて、もうほとんど写真を撮るように精度よく覚えられる。ちょっと驚異的ですよね。

【岩波】ヒトが一番なのかと思っていましたが、鳥とは。なんだか意外ですね。

【池谷】実は、ものを写真のように覚えるときには、ほとんど神経細胞に負担がかかりません。それだけならコンピューターだってできますから。でも、そうやって細部まで完璧に覚えることは、とくにヒトにとってはほとんど意味がないのです。

一方で、コンピューターは写真のように対象の細部までそっくりそのまま覚えることは得意ですが、逆に、あいまいに覚えることは苦手です。たとえば、僕を正面から撮った写真と、横を向いて撮った写真の2枚があったらどうでしょうか? たとえ同じ人の写真でも、照合できないから、コンピューターは別人と判断するでしょう。これを正しく判断させるためには、いろんな角度から撮った僕の写真を何枚も何枚も覚えさせなければいけない。 でも人間は、たった2枚の写真を結びつけて、「あ、あの人だ」とわかります。そう、記憶力はあいまいにしておくことのほうが、はるかに難しいのです。そして高等な動物ほど不正解であいまいになっている。

【岩波】なるほど。

【池谷】大人より子どもの記憶のほうが正確なのもそうです。よく犯人逮捕のきっかけは、子どもが覚えていた車のナンバープレートだった、なんて事件が報道されるでしょう? 普通そんなの、大人たちは見ていないですよね。もちろん、車のナンバーくらいの桁数だったら覚えようとすれば覚えられるでしょう。でも、子どもは覚えようとしてないのに覚えていたりするわけで……。まさに、鳥のような記憶力ですよ。

そういうニュースが流れると、のんきに「子どもは記憶力がよくていいなあ」なんて言う人がいますが、「何を言っているんだ、あなたは鳥に戻りたいのですか」と問いたい(笑)。だって、記憶力だけがよくたって、何もいいことなんてないのですから。