大学4年のときから2年間、私は教材をセールスする訪問販売のアルバイトに精を出した。目的は、大学を卒業後、会計士の資格取得のために専門学校に通う費用を捻出するためだった。

バイト代は売り上げの1割。いわゆる「完全歩合給」というやつである。経験豊かなプロでも月150万円売れれば御の字といわれるなか、私は月平均300万円を売り上げた。そして、会社内で “売り上げ四天王”の1人としてもてはやされ、学生でありながら、新設の営業所の副支店長にも抜擢された。

そのポストに就いて一番学んだことが人の動かし方だった。もっとわかりやすくいえば、販売員を上手くマネジメントして、売り上げアップを図っていく方法である。副支店長の給料は営業所全体の売上高に応じて決まる。販売員のお尻を叩くことが、仕事のすべてだった。

しかし、ムチばかりでは人は動かない。同じ職場の女性に恋いこがれる成績優秀な男子学生がいた。そこで、「これだけ成績をあげれば、『彼にノウハウを教えてもらったら』とデートをセッティングしてあげるよ」と奮起させたこともある。誰にも夢があり、上に立つ者は会社の目標と結びつけながら、その支援を行っていく。これが人を動かす基本だと悟った。それは私の経営理念の1つとなっている。

そんなあるとき、成績トップの女の子がスランプに陥り、営業所の売上高が激減した。実はその子は支店長への片思いに悩み、仕事への意欲を失っていたのだ。そこで私は一計を案じた。私が彼女を呼び出し、厳しい言葉で成績の落ち込みを指摘する。そこにタイミングよく支店長が登場し、彼女を庇ったのだ。すると彼女は、部下を思う支店長の気持ちに心動かされて一念発起し、ものの見事に売り上げをV字回復させてくれた。

憎まれ役の私は損しているように思えるかもしれない。そもそも支店長と私は営業成績も同程度だった。それなのに彼が支店長に指名されたのは好感度が高かった、もっとはっきり言えばルックスがよかったから。でも、私はひがむより、むしろ副支店長というナンバーツーを経験できたことに感謝しているのだ。

社員の士気は時代に合ったコンセプトを打ち出すトップの器にかかっており、そのトップの志を上手く伝える責務はナンバーツーにある。社員に無理難題を突き付けることになったり、時には四面楚歌にあうかもしれない。しかし、それに打ち克ち、人を動かしていくナンバーツーの経験は何ものにも替え難い。

当然、トップがこの悲哀を経験しているか、いないかで、雲泥の差が出てくる。経営者は自分中心の考えを捨て、社員あっての会社だということを忘れてはならない。その意識を持つためには、人を動かした経験が不可欠だ。ある日、突然、トップの座に就いた者では難しい。

マネジメント経験を持つ会計士が見た成長企業の人材構成

マネジメント経験を持つ会計士が見た成長企業の人材構成

そのような考えから、私は有価証券報告書で社長の経歴をチェックすることにしている。生え抜きの社長でステップを踏んできたことが、会社の成長性を見るうえでの判断材料になる。役員の履歴も大切で、私見では3割程度は生え抜きであることが望ましい。ライバル会社や他業種からの抜擢が功を奏するケースもあるが、ここぞというときは、生え抜きの4番バッターのほうが力を発揮する。

一般社員の定着率も重要だ。離職率が高い会社は居心地が悪いということであり、社員にとって魅力のない会社は投資対象としても魅力に欠ける。トップの企業文化と、社員の企業文化が同じでなければ、一丸となって成長を目指すことは困難だ。新人のときから育てているかどうかで、愛社精神も、会社の力になってくれるかどうかも異なる。やはり私見だが、6~7割の定着率はほしい。

(高橋晴美=構成 ライヴ・アート=図版作成)