まずは別表のP/L(損益計算書)を見てほしい。P/Lは一定期間における会社の活動を集計したもので、売上高などの収益から費用を差し引き、どれだけの利益を生み出したかが示される。

ここでは、一般の事業会社の売上高に当たる経常収益の116億円に対して、経常損益はなんと401億円もの赤字になっている。つまり、116億円の売り上げを稼ぐために、500億円以上もの経費をかけているわけだ。もっとわかりやすくいうと、年収116万円のワーキングプアの人が、500万円もの飲み食いをしているのと同じことなのだ。

お店の経営に置き換えてみよう。酒屋の親父さんが、「これで配達する」と言い張ってベンツを買い込んだ。しかし、納車されたものの、肝心要の配達先はどうかというと、ほとんどない。さりとて顧客の新規開拓をする意欲もなく、いたずらに維持費をかけている。こんな開店休業状態のお店になるだろう。

普通なら「ありえない」損益計算書

普通なら「ありえない」損益計算書

賢明な読者の方は、「そんな経営が成り立つわけがない」とお考えのはず。この4月から大学の教壇に立っている私だが、このP/Lを教材に与えても、学生から「リアリティがありません」と批判されないかと躊躇してしまう。

でも残念ながら、これはフィクションではない。正真正銘の本物。このところ何かと話題になっている新銀行東京の2007年3月期の実績なのだ。一般企業にはありえない内容で、「このようなP/Lには100年に1度お目にかかれるかどうか」といった代物だ。何度もいうが、500億円以上もの経費をかけて売上高が116億円しかない。経費が売上高の5倍近くにも膨らんでいるのだ。

決算内容をチェックする際に最も重要なのは、売上高(ここでは経常収益)と経常利益、それに当期純利益の3点。新銀行東京の場合、この3点を見ただけで、相当問題が大きいことがわかる。私が監査を務める会社でこのような数字があがってきたら、「担当者の単純な計算間違いではないか」と突っ返すだろう。

今回、東京都では400億円もの追加出資を決めた。これは07年3月期の401億円の経常損失とほぼ同じ金額である。つまり、400億円もの東京都民の血税は、たった1年間の赤字を帳消しにするだけで終わってしまう。経常損失401億円を解消して利益をプラスにもっていくには、売上高を5倍に増やすか、売上高は現状水準を維持して経費を5分の1のレベルに削減するしかない。どちらもかなりの難題である。

経営改革の道筋をどうつけるのか、具体的な話は一向に聞こえてこない。解決策もないうちに公的資金を投入するのは、傷口をふさがずに輸血を行うようなものである。どこから出血しているのかも、ましてや止血の方法もわからず、されど血が足りないことは間違いないから、とにかく輸血するようなものだ。東京都に暮らし、東京都に事務所を構える納税者の1人として言わせてもらえば、今回の追加出資にはそんなイメージを持たざるをえない。残念ではあるが、400億円の追加出資に経済合理性は見出せない。

決算短信には資産の状況をまとめたB/S(貸借対照表)もある。それをつぶさに見ていくと、新銀行東京が3600億円を超える有価証券を保有していることがわかる。私なら、まずこの有価証券の処分から手をつける。埃を被っている資産の質の向上を図るのだ。追加出資を募るのはその後の話である。追加出資の是非はもとより、今回の追加出資決定は性急すぎるといわざるをえない。

ともあれ同行の財務諸表は学ぶことが多く、会計の観点から見るとほかに例がないという意味において貴重な教科書だ。次回は問題点をさらに追及したい。

(高橋晴美=構成 ライヴ・アート=図版作成)