林 敏之(NPO法人ヒーローズ会長)
ラグビーファンの雑踏のなか、巨木のごとく、僕らの「永遠のヒーロー」の林敏之は笑顔で立っていた。その圧倒的な存在感。大きな手に持つ旗は、自らが会長を務めるNPO法人『ヒーローズ』のものだった。
ノエビアスタジアム神戸の前。日本代表×マオリ・オールブラックスのキックオフまで、約1時間のときだった。ラグビー仲間が近付けば、気軽に声を掛けていく。
「こんなに試合に人が集まってくれて、うれしいねえ。ぼくは、ラグビーの精神を伝えていきたいと思っているんだ」
『ヒーローズ』とは、ラグビーのすそ野を広げる団体である。旗の図柄は、「和」をイメージさせるかのように、みんなの手でひとつのボールを支えている。だれもがそれぞれの人生のヒーローになれるように支援していきたい、豊かな共生社会の創造に貢献したい、との思いが込められている。
「究極は“ワン・フォア・オール、オール・フォア・ワン”やな。ワン・フォア・オールというのは、自分のエゴを超えていくという世界。オール・フォア・ワンは、みんなのそういう公共性がひとつになっていく。その先にはノーサイドの世界、和の世界があるよという意味なんだ」
徳島県出身。同志社大学在学中から日本代表のロックに選ばれ、13年間、代表の「桜のジャージ」を着て戦った。日本代表38キャップ(国代表戦出場数)。神戸製鋼では日本選手権7連覇に貢献し、世界で通用した数少ない選手のひとりだった。
愛称が「ダイマル」。白いヘッドキャップと口ひげがトレードマークだった。相手には恐れられ、しかし、だれからも親しまれた。ほのぼのとした口調は今も、変わらない。
「ラグビーを通して、沸き上がるような、感性あふれる体験をさせてもらったから、それをみんなに伝えていきたいなあ。子どもたちも、感性豊かに、鮮やかに、生きていってもらいたいんだ」
好きなコトバのひとつに、『論語』の「感即動(かんそくどう)」がある。「感動ということですか」と聞けば、「違う、違う」と笑って教えてくれた。
「感じたら、すぐに動く、ということ。感じて動いたら、感性がよみがえる。だいたい、どう人は生きたかというと、何かに対してどう胸がときめいたかで決まるぞ、って。感じない、疼(うず)かない、ときめかないでは、生きていることが無駄になってしまう」
つまり、感じさせることで、人は動くことになる。感じ方を変えれば、その人の行動も変わる、ということだろう。
「だから、大事なことは、何事にも浸りきること。沸き上がる感動だね。ぼくのラグビー人生はそうだった。浸りきる力は感性の力なんだ」
54歳。せわしいインタビューが終わる。なぜか、こちらは気分爽快である。ダイマルさんの言葉に滋味があふれているからだろう。
別れ際、こう、言われた。
「夜、飲み会するんやけど、出えへん」
こうやって、人の輪が広がっていく。ワン・フォア・オール、オール・フォア・ワン。優しい笑い声が秋風にのっていく。