相手のために命がけで考える神聖な仕事
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リー・クアンユー首相時代のシンガポールでも国家戦略アドバイザーを務めたことがある。当時、リー・クアンユーには、工業の近代化に関してウィンシミウスというオランダの工業大臣の経歴があるコンサルタントがやっていた。そして経済開発庁(EDB)のアドバイスをしていたのが私である。
ASEANをバーチャルな国として見た場合、首都に当たるのはシンガポールだ。それならば製造業がなくても東京が成り立つように、シンガポールもサービス業中心に「ASEANのバーチャルな首都機能」を強化することによって成り立つようにする、というのが私の提言だった。しかし、リー・クアンユーは「やはり製造業が欲しい」とウィンシミウスの提言を実行したがった。
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「製造業のない国は成り立たない」と彼は19世紀のイギリスのようなことを言っていたが、ウィンシミウスの工業化プランに基づいて導入された造船の修理、カメラなど多くは失敗に終わっている。人口が多く、賃金の安い隣国にはかなわないからである。私の提言はシンガポールの中でも広く知られていて、時々同国を訪れたときには現地の新聞に「Mr.Service comes back」などの見出しが躍ったものだ。今となってはシンガポールはまさにASEANの首都としての物流や金融のハブとなっている。今のシンガポールには“工業化プラン”は跡形も残っていない。
結局私は、リー・クアンユーの参謀を降りたのだが、このときから、複数の参謀を抱えている主からの依頼は絶対に受けないと決めた。参謀が複数いるとアイデアが天秤にかけられる。「どちらが正しいか、互いに証明せよ」というケースも出てくるのだ。
参謀は寝ても覚めても主をヒーローにするためにどうしたらいいかを考える。思考を煮詰めて煮詰めて、主が思い付かないような課題を見いだして、「こういうことを今からやっておかないといけない」とアイデアを提示するわけだが、参謀がほかにもいれば「そんなことはやらなくても大丈夫」という反対意見も出てきて、トップは迷いが出てくる。議論ばかりで時間の無駄なのだ。
その後、マハティールのアドバイザーをやっていたときに、シンガポールのEDBのニャン・タンダウ長官から「やはり工業化プランは全部潰れた。大前さん、戻ってきてくれ」と再オファーがきたが、丁重にお断りした。お隣同士、首相同士が仲の悪い国の両方でコンサルタントをやるわけにはいかないからだ。