1本の値段ではなく「総額」が問題になる
選挙区内でウチワを配布したことについて責任を追及され、松島みどり氏が法務大臣を辞任しました。ネットでは「そんな些細なことで辞任までしなくてもいいのではないか」という声も聞かれました。しかしこれは些細なことではなく、選挙制度のあり方を問う重大な問題です。
なぜウチワを配ってはいけないのか。すぐに思い浮かぶのは、「票をカネやモノで買うようなことは、絶対に許されない」という理由です。公職選挙法では、買収は最も悪質な選挙犯罪とされ、票を売った人も買った人も処罰されます(同法221条)。また、買収に関わる金品は没収されます(同法224条)。
なぜ公職選挙法は、買収を厳しく罰するのでしょうか。それは、公職にふさわしい人物を選ぶには、有権者が自由な判断に基づいて投票すること(※1)がとても大切だからです 。
議員や首長としての「ふさわしさ」は、物差しを当てればすぐにわかるような、単純なものではありません。政策判断能力、決断力、交渉力、勇気、優しさ、感受性、人生経験など、様々な要素を総合的に考慮して、ようやくわかってくるのです。それゆえ、選挙制度は、様々な要素を有権者が自由に比較検討できるように設計される必要があります。
しかし、選挙で買収がなされると、「誰がいくらお金を出したか」という唯一つの要素で有権者は結論を出すことになるでしょう。利益誘導があったのでは、公職への「ふさわしさ」を、多様な角度から自由に検討しようという選挙の理念が台無しになってしまいます。
松島氏が、「買収」をしたのなら、選挙の根幹を破壊した犯罪人です。大臣の資質を欠くのはもちろん、議員辞職もやむなしでしょう。
しかしながら、「買収」と言えるためには、票を買う側が利益提供を申し出て、票を売る側がそれに心を動かされなくてはなりません。今回配られたのは、松島氏のイラスト入りウチワとのことです。票を買うにしてはあまりにしょぼく、これをもらったからといって、直ちに松島氏への投票に心を動かされる人はいないでしょう。ですから、「買収」の罪で起訴したとしても、恐らく無罪です。
そういうわけで、今回、問題になっているのは、「買収」ではなく、「寄附」です。「寄附」の禁止は、それで投票へと心を動かされたかどうかを問題にしません。財産的価値がある物品を選挙区内の人に贈れば、それだけで「寄附」になります。